天気の良い日曜日、母の同級生○さんと その娘さん、4人で食事をした。
92歳の 母SOYOKOと○さんは、小学校の同級生。
といっても ○さんは 当時、宮崎大学附属小在籍。 戦況悪化の折、親戚を頼って3ヶ月 疎開に来ていたらしい。
ちなみに、附属小の一角に 空襲で命を奪われた、12人の児童の 供養碑がある。

(宮崎大学ネット画像より 引用)
短い3ヶ月の 2人の思い出話が始まった。
○「 分教場を覚えてる?」
母「覚えてるよ。馬小屋だった」
※家から学校まで、4キロ。空襲のリスクを少なくするために通学路途中の場所に 分教場が作られた。
○「空襲警報の放送が入るのよね」
母「その度、防空壕に逃げた」
※2人の子ども時代は戦争だった。
そして、思い出話の定番 いじめっ子「◾️ちゃん」登場
ボス「◾️ちゃん」の圧力にもひるまず、正義を押し通した「そよちゃん」の美談。
マルシ、この話を聞くたび 母は「記憶のすり替え」を行っているのでは? と。思っていた。
つまり、いじめっ子は、「◾️ちゃん」ではなく 「そよちゃん」。
ワタシの疑念を 遮るかのように ○さんが言った。
○「そよちゃんは とても優しくて いい子でしたよ」
考えてみれば、たった3ヶ月一緒に 学んだだけで 92歳になるまで、なかよし同級生の関係が 続いているのである。
なんと尊いことか。
○さんが、さらに言った。「私達、長生きしたね。 これからも元気に 楽しいことしようね」
母が、うなずいた。
ワタシも○さんの娘さんも みんな一緒に うなずいた。





