あの人は圧が強い | 思考の散歩道

思考の散歩道

毎日いろいろなことを考えています。そんな思考の散歩で感じたことを書いていきます。

あっという間に9月の第一週も終盤、早いですね。


時間に追われながらこのブログを書いています。というわけで言い訳ですが推敲が十分ではありません。昨日の文章も読みにくかったです。


お詫びはしても、訂正はしません(笑)


ずっと自分の内面と向き合ってきました。その副産物とでも言いましょうか、人の出す「圧」を今まで以上に敏感に感じることができるようになりました。


ところで「圧」って何?


言葉にするのは難しいですが、人が出す勢いみたいなものです。もしかしたら「氣」というものかもしれません。


調子に乗っている人にも圧があります。図に乗っている人にも圧があります。


調子に乗っている人の圧はそよ風のように心地よいです。


図に乗っている人の圧は臭いがついています。「鼻につく」とはよく言ったものです。


最近は自分自身が何年も文章を書き続けているせいでしょうか、文章を読んでも書いた人の圧を感じるようになりました。


肚(はら)で物事を理解している人が書く文章は読むと自分の肚にその圧が伝わります。逆に頭で理屈をこねくり回して当たり前のように巷に溢れる答えが並んでいる文章は何も肚に伝わりません。


文章でも肚を決めた人と割り切った人の差は圧で分かってしまいます。


以前ある人がこんな話をしていました。


メッキがはがれたなんて言いますが、見る人が見たら最初からメッキは剥がれていると。


本物が出す圧は肚に伝わるものです。文章の上手い下手は関係がありません。


ではどうすれば本物が出す「圧」を自分も出せるのでしょうか。



そんなことを考えていて次の言葉が頭に浮かびました。


「やりたいことは、やらなければならないことの上にしか乗らない」



人は「やらなければならないこと」を見ないようにするために膨大なエネルギーを消費しています。またそれらに向き合わないように頭で色々と言い訳や屁理屈を考えて自己防衛をするのにも膨大なエネルギーを消費しています。


「やらなければならないこと」から逃げずにシッカリと向き合い、やった分だけそのエネルギーをやりたいことにまわすことが出来る。


シッカリ向き合って肚で分かったことは「圧」となって人に伝わるのだ。



追伸、よく人が「もっとやりたいと思ったことを、思い切りやっておけばよかった」と言って人生を閉じるといいますが、人生の最後に思う後悔って「もっときれいな服を着たかった、おしゃれをしたかった」とか「もっとレジャーをしたかった」なんてことでしょうか。


私には「やるべきことをやって、本来自分がこの世に生まれる前に決めてきたことを思い切りやればよかった」としか思えませんがいかがでしょうか。


それでは良い週末を。