島 侑のブログ

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社会学や教育学に関心があります

みなさんお久しぶりです。

2ヶ月ほど記事を書いておりませんでした。

ここ数日間非常に苦しい毎日でしたが,なんとかその波が去ったようにも思えましたのでこのように記事を書いています。


今度の夏休みは全国の高校3年生あるいは浪人生にとっては最大の試練となります。

私もその渦の中にいます。予備校に行くと,ここで頑張るかどうかで全て決まるということを毎日のように言われます。


私は非常に心苦しくなります。それは皆同じなのですが,やはり昨年の夏休みもかなり強迫観念に悩まされたからです。

基本的に毎日のように朝から晩まで過去のことを反芻し続けるような毎日で,机には向かっているけれどもなかなか頭には文字として認識されずに時間だけが過ぎてゆく,,という毎日でした。もういっそのごと早く学校が始まるといいなと思うほどでした。


これがまた外からは非常にわかりづらいのが本当に辛いことです。もし頭上にメーターでもあってストレスの度合いが可視化されればどれほど理解を得られるのかなと考えることもあります。勉強時間は取れているのに成績に繋がらない、、皆そうだと言えばそうなんです。

でも何かが違う。その何かに苦しめさせられているのです。。


そこで現実路線に変更することにしました。現在カウンセリングを週一で行っていて、自分の思考の癖や、歪みなどもかなりわかってきたと思います。しかし現在視野に入れていた旧帝レベルの大学は非常に倍率も高く、これからその強迫観念の中で全国の受験生と戦って行けるだろうかと考えた挙句、地元の公立大学を第一志望に変更することにしました。


本当に苦渋の判断でしたし、なんならその地元の公立大学にも受かる保障なんてひとつもありません。受験というのは本当に難しいものです。


しかし昨年、心療内科で処方された漢方薬を飲み始めて少し気分が良くなった際に受けた全統模試で総合60ほど取れたけど、それもやはり強迫観念を一つ一つ消しながらでの結果であり、個人的にはまだまだ取れるだろうと自負していましたが、まぁそんなことは言ってられないし、なんならそこから年末にかけて非常に苦しくなってしまい、また偏差値50ほどに戻ってしまいました。


この病の恐ろしいところは、日常的な思考が奪われてしまうことです。何かに対する興味関心、意欲、、全て強迫観念でかき消されてしまうのです。


しかし私は最近気づいたことがあります。


私たち人間は非常に小さな過ちから大きな過ちまでさまざまな過ちをおかしています。

それは他人に対しても自分に対してもかもしれません。


私はこれまで、これを言ったからこう思われてしまったからこうなってしまったのかも、、、という過去の事象に対する全否定や非常に直感的な妄想などによる思考の支配が起きていたのです。


しかしそうでしょうか、人間関係というのは非常に機微な事象が複雑に絡み合って成立しています。

それを一言で表現することは不可能に等しいわけです。


なので過去の過ちは確かに認めるところは認め、それがあったからどうとか、こうなってしまったんじゃないか、、、なんてどうでもいいんです。

大切なのはこれからの関係。


自分も傷つけられるし、他人も傷つける、だから身近な人を許してあげようという心持ちも大切ですね。


私はここ数年来、こんなことがあったから、自分はもうダメだ、最悪の人間、だから自業自得だよね、いやそんなことない、、とずっと頭で考えていましたが、これほど生産性のないことはありません。


ベクトルを過去から未来に転換してみませんか、


これからの計画ですが、私の目指している公立大学では私の好きな政治学と心理学を学べる学科があり、そこに行こうかなと思っています。

医師からも運動をすれば、気の巡りが良くなって考え方も変わるかもしれないとすすめられたので、小学生の時にやっていた水泳を再開しようかなと思っています。なので地元の公立大学にしたというのもあります。


高望みですが、呼吸法なども非常に考え方と密接に関係しているというお話を医師から伺い、その分野にも興味を持ったし、自分自身今はまだ自分のことで大変ですが、いつかは同じ様なことで苦しんでいるけど、周りには気づいてもらえないという人の役に立ちたいと思っています。


なので公立大学で4年間学んだあと、もし何か変わっていれば大学院に進んで研究をするか、医学部医学科に再受験するという非常に険しいながらも面白そうな道もあるのかなと思いました。


人生は1度しかないので後悔のないようにしたいですね。


まずは夏休みがんばりましょう。