折りたたみ自転車の登場機会をねらうしまりす。

ある日、夫のしろくまから、仕事終わりで宴会に行くという連絡が入った。

遠い方の駅からは、酔いどれの足で歩くと30分の距離。

そうだ!

この機会に駅まで行ってみよう!

当然自転車は1台だし、しろくまは飲んでいるので運転できない。

なので、しまりすが、ただ乗りたいだけのお迎え。


早速宴会中のしろくまに連絡。

はよ帰ってこーい!

あー、迎えに来てくれるん? 出るとき電話するわ。


ところが、待てど暮らせど、カエルコールがない。

終電になるやん。

そしたら、自転車計画がなしになるやん。


っと、カエルコール。

遅くなったから、しらふの同僚に乗せていってもらうと。

なにーーー!

あかんやーーん!

と、訴えるしまりす。

わかった、駅で降ろしてもらうわ。

と、応じるしろくま。


さて、ここで、重要なポイント①

しろくまはしまりすの考えていることがわからない。

これは、いつもの話。

おそらく立てこもり事件とかに遭ったしまりすが、

外にいるしろくまに合図を送ったって、全然理解されない。

そして、怪しい動きをしたと犯人に問い詰められ、最悪の場合、、しまりすは死にいたる。


重要ポイント②

しまりすは、宴会後のしろくまを迎えに行くことはない。

なぜなら、かつて、次の日が仕事にも関わらず、

遠距離を迎えに来いと言われ、

行ったら待ち合わせ場所におらず、

電話すると、同僚に自宅まで送ってもらっていて、

猛烈に怒ったしまりすが帰宅すると、

中からしか開けられない補助錠がかかっていて、

自宅に入れず、

ピンポンの連打と携帯の連打をしなければならなかった経緯がある。

しかも、しろくまは酔いつぶれて寝ており、

しまりすは、寒空の深夜、翌日仕事なのに、

玄関先で凍えなければならず、

言うまでもなく、大ゲンカになった。

以上が理由である。


さて、駅から自宅の方向まで歩き始めたしろくま。

自転車を組み立てて、自宅を出発するしまりす。

なかなにかいてきー♪

よく走るー♪

しんどくないー♪


ただ、ケツが痛いー…


歩いているしろくまを発見。

しまりすの乗った自転車を認識しているのに、知らん顔をしている。


えっ!!!!!

自転車なん?????


人はがっくりの衝撃が大きいと、笑うしかなくなるらしい。

深夜の住宅街を自転車と歩行で帰宅。

たまには、こんな散歩もいいやーん。

と、30分歩かせてやったぜー!

ワイルドだろう?


結論

折りたたみ自転車は、なかなかに快適だけど、

ケツバットなみに、お尻がいたい。

うーん、クッションでも買うか?

折りたたみ自転車を買った!

しかも、アマゾンで。

ネット通販の便利さを今更かみしめるしまりす。

安い!

そして、便利!

たまらんですなー。


狙っていたDAHONの自転車!

仕事から帰ってきたら、ちょうど配達のおじさんが運んでくれていた。

珍しく帰ってきていたダンナのしろくまと、

嬉しそうに、

寒空の下、

英語の説明書には目もくれず、

想像で組み立てる。

だいたいが、説明書なんて読まない習性だけど、

さすがによくわからない個所が2か所ほどあって、

仕方なしに、

ぎょうさんついている(たくさんついている)説明書をひっくり返す。


海外商品にありがちだが、

説明が実物と違って、わからん。

どうしても邪魔に思えるバーが、サドルの下から出ているのを、

凍えながら、2人でうーん、うーんと悩んだけど

結局、ちからいっぱい引く抜くしろくま。


乗れるよー。

乗れるよー。

凍えそうな晩遅くに、嬉しそうに自転車を乗り回すバカ夫婦(笑)

もう少しあったかくなったら、

腹まわりに、肉のチャンピオンベルトを巻き始めたしろくまを走らせ、

お気に入りの自転車で伴走しようと思うしまりすなのです。

映画「脳男」を観に行ったしまりす。

最近の邦画やドラマを観ててよく思うのが、
日本は複雑な国だなぁということ。
海外のドラマに詳しいわけではないけれど、
日本ほど複雑な人間模様って、
おもしろいけど、なんだか見ていて
息苦しさを感じる。
イイ人役は、不完全で、ダメな自分を抱え
どうしようもない日常を生きてるけど、
悪役も悪役で、
そんな人生を選んだわけでもないのに、
そんな生き方しかできない。
どっちもが、息苦しくて、生きづらさを抱えてて、どちらの人生も紙一重。

それは、人生の真理じゃないかと思うし、
60歳、70歳と年を重ねると、
人生ってね…と、語るのもサマになる気はする。
それを、10代、20代が演じ、
10代、20代が観る。
そんな映画やドラマを作っている方も、
観ている方も、とても頭がいい。
賢い。
オモシロイ。

でも、じゃあ私たちは、どこへ行けばいいのかが見えない。
そんな答えなんてないのが人生だし、
真理だとは思うけど、
未来がない。
純粋に、単純に、目指せる未来がなくて、
絶望に満ちた日常が待ってる。

しまりすは花の47年生まれの40歳。
だから、そんな作品に出会っても
まぁまぁそれなりの解釈も、
交わし方も逃げ方も、知らないではない。
でも、若者は、
特に10代の人たちはどうだろう?
彼らはどういう未来を描くのか。

もっと単純でいる方が幸せ度は高いのかもしれない。
悪者は悪者。
イイことしていれば、自分にもイイコトがある。
一休さんの放送で流れていた「一日一善」のような、理由も理屈もない目標。

ゲームをしないしまりすは、
こないだ30代くらいの男性が必死でやってるゲームを、
たまたまチラ見してびっくりした。
戦闘ゲームに、あんなリアルさは必要なんだろうか?
人が死ぬシーンをリアルに描いたり、
それをみたいと思うなら、
戦場カメラマンたちが描く世界を見ればいい。
そして、ちゃんと死と向き合った方がいい。
複雑すぎる日本。
ブータンまでとは言わないが、
もうちょっと生きやすい国になればイイな。
そんなことを考えたりした映画だった。


ここ数年は、東京出張が多いしまりす。
が、
必要最小限しか動かないので、
一向に詳しくならない。
乗り慣れない路線の場合、
池袋方面とか、渋谷方面とか書かれても、
北か?南か?
どっちの方面なんだか、
さっぱりわからない。

そんな、不安な状況に置かれると、
イヤでも自分を見つめ直してしまう。
優柔不断さ、とか
小心者具合、とか
消極的側面、とか。

南青山とか、銀座を歩いている時など、
誰彼なく謝りたい気分になる。
まるで、
「生まれてきてすいません」
の完全ネガティブ状態。

ところがどっこい、
おかしなもので、
コレが独り中東だと事態は真逆に。

納得デキないことは、
妥協しない。
負けない、
折れない!

何のスイッチが入るのか、
はたまた火事場のバカ力なのか、
所謂、逆ギレなのか…

そんな振り返りをしながら、
肩をすくめて銀座を後にする東京出張なノダ。

美人は損か?得か?

一般的に、美人は得である。
何をしても決まるし、チヤホヤされる。
でも、得か?

しまりすは、美人に関する一定の法則に自信を持っている。
名付けて「美人はトイレの使い方が汚いの法則」。
これは女子にしかわからない。
でも、トイレに並んでいて、
空いたところから美人が出てくると、
たいがい、汚いことに気づく。
お世辞にも美人とは言えない人が出てくると、
これは意外や意外、大変キレイだったりするのだ。

これは、やっかみでもなんでもない。
美人は小さい頃から美人の場合が多く、
大人も子どもも美人と言うだけでチヤホヤしてくれるので、
美人でない人に比べて努力のチャンスが少ない。
仮に、トイレの使い方がキレイでなくても、公衆のトイレは一期一会。
何にも困らない。
ちなみに、いくら美人といえども、
人のお宅のトイレはキレイに使うに違いない。
彼女たちには、努力のチャンスは少ないけれど、処世術には長けている。

では、美人は得なのか?
人生の半分は得だ。
なんだかんだ言っても、多くの人は美人が好きだからだ。
しかし、日本人女性の平均寿命は80歳を突破。
年を重ねれば、美人もそうでない女性も、
男前もそうでない男性も、
みんな性別すら判別不能なお年寄りになる。
あー、昔は美人だったんだー。
なんて、どうでもイイ。
おじいちゃん?と呼ばれる恐怖に苛まれるからだ。
っとなれば、周囲の評価は、
カワイイおばあちゃんか、
カワイくないおばあちゃんかに二分される。
この場合のカワイイはもちろん内面。
いくら昔美人でも、
周りの人に気遣いできなければ、
カワイくないおばあちゃん。
当然損をする。

つまりはごぶごぶか。
だが、そう言っては元も子もないので、
トイレがキレイな美人がいたら、
心からの拍手を送ることにしよう。
あまり居ないけど(笑)