なんか諸々まだ書いている途中だけど、薄れないうちに記録を。


先日人生で初めて、ファンミなるものに参加した。

Netflixでハマったtimelesz。

(推しは松島聡くん。いい子でかわいいから。)

アリーナツアーは全滅で

ファイナルの配信も、絶対落ち着いて見られないのがわかっていたから離脱。

そんな中での、突然のファンミ。


今までの人生でハマったのは割とバンドが多く

ペンライトとかウチワとかきゃーっていう声とかより

タオルとかTシャツとかフゥーっていう声とかのほうが馴染み深くて

わたし、この歳でこんな現場に突然デビューして大丈夫かな?と、本当にドキドキした。



ファンミの1週間くらい前に、夫と大喧嘩して

「もう行かないでいい!行くのやめる!」と啖呵を切ってしまったけど

産後からほとんど自分ひとりの予定を入れずに過ごしてきて

そろそろ「わたしがひとりで出かける」ということを、やっておかないといけないんじゃないかな?

そう思って、思い切って出かけたのもある。

そんな気持ちがあったのは、落選した方には申し訳ないけれど。



初めてのファンミは、一言で言って最高だった。

周りにタイプロにハマってる人がいなくて、語り合えたことがなかったので

インスタで繋がってる方と乾杯できたり

みんな大体1人で参加してるから、同じ列に座った方と盛り上がれたり

(同じ列の方が本当にいい方達ばかりだったのが、また幸せすぎた)

バクステ近くの席だったので、後半は風磨くん、勝利くん、しの、まさきがめちゃくちゃ近くにいて

生のアイドルの恐ろしい透明感と神々しさに、思わず拝みたくなったり

風磨くんと目が合った(気がした)時には、推しでもないのに射抜かれた気がした。

残念ながら、推しは真反対にいたので全然見えなかったけど

近くに来てたら命を取られたかもしれないので、今回はこれで良かったと思う。


さらに嬉しかったのは、翌日ファンミについて話すわたしに夫が

「そんなに楽しめたならよかったよ」とサラッと言ってくれたこと。

これ、シンプルにとても嬉しかった。



そんなわけでとても楽しい時間を過ごさせてもらったし、推しへの愛も深まったけどいろいろと考えることもあった。


ファンミ後、推しの聡くんがインスタを更新した。

そこにはファンミ後に彼が感じたことが、実に優しく丁寧な言葉で綴られていた。

「人は誰しも生きていると、心が安らがない時間の方が多くて、安定より不安定な瞬間の方が長く続くことがあります。

そうなった時、取り乱し、見失い、心が大きく揺らぐこともあります。

だからこそ

生きていてくれるだけでいい

笑ってくれるだけでいい

そんなシンプルな願いが、心の奥から溢れ出してきました。」


ファンミの最後にも彼は我々に向けて、「笑っていてね」と言っていて

この文を読んで、この「笑っていてね」の言葉の深さにとても心を打たれた。



今、夫はメンタルの病からの療養中で

娘はまだまだ登校しぶりがひどくて、号泣するのを無理やり置いて行ってる状況で、母子分離不安なんじゃないかと悩んでいて

実家に出勤すれば、実母もメンタルよわよわで愚痴を聞かされて


わたしもできるだけ、なんでも笑い飛ばして生きていきたいと思ってきたけれど

ここ数年はそれが難しくなっていて。

あ、この家族はわたしが頑張るのをやめたらあっという間に崩壊するんだ。

そう思ったら

束の間、寝っ転がってテレビをちょっと眺めてる床に沈んでいきそうな気持ちになる日々。


だから、不特定多数にでもいい。

45歳の疲れたわたしの心にちょっとしたキラキラを与えてくれる、そんなアイドルの存在がわたしには必要なんだな〜と

45歳になってアイドルの現場デビューしたり、随分年下の男の子の言葉に力をもらったりしている

そんなよくわからない、ふわふわと幸せな気持ちのすぐ隣に

自家発電する元気すらないから、そのキラキラをわけてもらって気持ちを埋めようとしている

そんな自分の消耗し切った気持ちも、感じてしまった。


それでも、いわゆる推しがいる生活は

それが心のリハビリだとしても、楽しいけれども。



時々、本当に時々ですがフォロー申請?などいただいて

どんなことを書かれてるのかなとチラ見したりするのですが

わたしは

もっと稼げる!とか、稼いで優雅に暮らす!とか

自己啓発で変わる!とか、声がけだけで子供が変わる!とか

そういうことには全く興味がないです。



コツコツ働いて、たまにご褒美を買えるので満足だし

あぶく銭って怖いわ〜と感じるような仕事をしているので

簡単に稼ぎたいと思わない。


メンタルや子育てについても、自分で調べて本を読んだりして深めていくことがすきです。

声がけだけで子供は変わらないと知ってるし。


簡単でわかりやすい言葉は大切だけど

もっと深く味わいのある言葉が好きだし

わかりやすいところからじゃなく、学べる人生が好きです。


以上です。



4月から小学校に上がった娘。


1学期の娘は、いわゆる「小1プロブレム」の最中にいた。

一番初めは、「給食の牛乳」だった。

「牛乳がいやだ…」「飲めなくて泣いた」

入学して給食が始まってすぐ、そう聞いて

今時の給食は「完食するまで座ってなければいけない」とかじゃないんだし、飲まなくたっていいよ。と受け流していたのだけれど

「飲めない牛乳がそこにある」

その状況がどうしても嫌だったようで、毎朝「牛乳が嫌だからいきたくない」とベソをかくようになった。


しばらくして牛乳のことを言わなくなってきたな〜と思うと

次は「給食当番が嫌」

次は「日直ができない」

そうやって、娘の嫌なもの怖いものはどんどん変わっていった。

新しい怖いものができると、前のものは平気になっていく。



その間常に娘が言っていたのは、「先生が怖い」ということ。


娘から最初にそう聞いた時、ものすごく混乱した。

一年生の担任が怖い?そんなはずない。

いろいろ掘り下げて聞いてみても、「こわい」としか言わない。

自分が怒られるわけじゃないのに、誰かが怒られているのを見ただけで涙が出ると言う。

娘の担任は、今年度別の小学校から担任してきた年配の女性で

確かに他のクラスの若くて可愛らしい雰囲気の先生よりは、厳しそうではあった。


それで同じクラスになった、幼稚園が一緒だったお母さん達にもいろいろ聞いて見たけれど、「子供が怖いって言ってる」とみんな言う。

そしてみんなで首をかしげた。

怖いって…どの程度…?



初めての日直当番の前日はすごかった。

ベッドに入ってから泣きじゃくり、「明日は行かない。日直はできない」と号泣した。

とりあえず登校し、号泣しながら校舎に入っていく娘を自分も半ば泣きながら見送り、実家に出勤して、教育関係の仕事をしている父に相談した。

「とにかく担任と共有しなさい」と言われ、その日初めて連絡帳に

日直が怖いと前夜から泣いた。

毎日のように「泣いた」と娘が言っているが、授業を妨げてしまったりお友達に迷惑をかけていないか気になっている。

そう書いた。


翌日先生から電話をいただいて、娘の様子を聞くことができた。

確かによくベソをかいているけれど、しばらくするも自分で気持ちを落ち着かせているし

挨拶や授業中の発言もしっかりできている。

お友達とも仲良く、楽しくやっています。

そう教えたいただいた。

こちらからは心配症で小心者な娘のためにしている対策などをお伝えして、初めて先生ときちんとお話しすることができた。


わたしがお話しした印象は、「きちんと子供達のことをみていてくださる方」ということだった。

でも子供達が「怖い」と言っているということは、言葉が強かったりするる瞬間があるのだろうなとも思う。


とにかく「ポジティブキャンペーン」をすることにした。


先生はあなたのことをちゃんと見ていて、頑張っていると言っていたよ。

言い方が強くなることはもちろんあるかもしれない。

でも、わたしは先生をしっかりみんなを見てくださってる、いい先生だと思ったよ。

それでももし、先生の言い方や、先生から言われたことが嫌だなということがあれば、いつでも教えてね。

そう伝えて、また様子をみることにした。