2013.10.08
大好きな母が息を引き取りました。


二男三女
五人の子供を女手一つで育ててくれてありがとう。

身体も小さくて、おっちょこちょいで、でも芯がしっかりしてるお母さん。

小さい頃から決して裕福とは言えない家庭環境だったけど、お母さんが大好きで、お母さんもみゆ達のことを大好きで大事に想ってくれているのを感じていたから、とっても幸せだったよ。


私が中学一年のとき、もう8年前か、、
お母さんが乳がんだとわかったね。
久しぶりにお母さんの涙を見たよ。

きっとみゆ達には想像もできない不安とか恐怖と闘っていたのかなぁ

抗がん剤治療をしながら、まだ学生のみゆ達を支えてくれて、一番辛いのはお母さんなはずなのに、みゆは何も助けてあげられてなかったかなぁって反省してます。。

髪が抜けて、副作用もしんどそうで、それでもお母さんは頑張って闘ってくれたね。

一度は治ったかと思ってたけど、、みゆ達はがんという病気をちゃんとわかってなかったよ。


社会人一年目の夏頃かな?
肺への転移が見つかったね。。

そのときも、
お母さんなら大丈夫!!
なぜかそんな根拠のない自信がみゆたちにはあったの。
お母さんががんに負けるわけないって思ってた。


でも、一度抗がん剤治療をしてから、治ったあともお母さんは痩せた身体が元に戻らなかったね。。
きっと最初よりも体力も、気力も、続かなかったのかな。
もう十分頑張ってくれてたもんね。。


2013.08.03

最後にお母さんと外で会った日だよ。
横浜のジョイナス地下の喫茶店で、いつもみたいにお茶したね。

まだ寮にいたみゆに、実家から浴衣を届けてくれてありがとう。
おっちょこちょいだから、浴衣以外の帯とか下駄を持って出て、浴衣を忘れたことに途中で気づいて家に戻ってくれて、結局持ってきてくれたのはさおの浴衣だったね(笑)

そういうおっちょこちょいなところ、今思い出しても本当に愛おしくて愛くるしいです。

それからは、ずっと入院してるお母さんにしか会えなかったね。


2013.08.29

病気と治療のストレスからか、お母さんとの会話が少しずつ噛み合わなくなっていて、私たちはてっきりストレスでボケてしまったんだと思っていたよ。

この日、仕事の後に会いに行ったら、翌日のみゆの誕生日を思い出せなくなっていたね。
というか、今日が何日か、そういうことがわからなくなっていたのかな?

この日以降かな?
徐々にお母さんの意識が戻らなくなったね。。

脳への転移がわかったのは、意識が戻らなくなって、検査してからだったね。

ずっと続いてた頭痛や吐き気は、たくさんの腫瘍のせいだったのかな。
気づけなくてごめんね。。


それからは、たまに少し調子がいい日にアイコンタクトとか、単語でお話ししたね。

お母さんの好きな曲もたくさんかけて、一緒に聞いたね。


みゆ達がたくさん話しかけたり、面白い話とかしてたのは、ちゃんと届いてたかな?

お母さんの状態が悪くなってから折っていた千羽鶴。
家族以外の色んな人にも折ってもらったね。
みんな、お母さんが元気になることを祈ってくれてたよ。
もちろんみゆも祈ってたよ。

神様も奇跡も信じないけど、この時ばかりはあらゆるものに縋りたかったの。


2013.10.07

もう峠と言われていたから、会社をお休みして泊まりでお母さんのそばにいたね。
あなたの呼吸が浅すぎて、いつその呼吸が止まってしまうか不安で、なかなか寝付けなかったよ。

静かな病室に、酸素マスクの音だけが響いてて、今でも忘れられないの。

不安で眠れなくて、寝るのをやめて、夜通しかけてみんなで折った千羽鶴を繋ぎ合わせたの。
お母さんが元気になりますようにって、もう峠と言われていたけど、本当に心から元気になることを祈ってたの。


2013.10.08

日付が変わって、起きたさおに、千羽鶴をお披露目。
同期がくれたお守りを添えて、ベッドのそばに飾ったんだよ。

ちゃんと見てくれたかな?
なかなか上出来だったでしょ?

でも、その千羽鶴の完成を待ってくれてたのか、それを見届けたかのようにその日にあなたは息を引き取ったね。

少し苦しそうな表情をしたとき、本当に胸が潰れるかと思ったよ。
でも最後の最後は、寝てるみたいだったね。
家族みんなで見送れてよかったなぁって思うよ。

お母さんも少しは寂しくなかったかな?

あれから一年が経とうとしてるね。


お母さんは今のみゆ達をみて心配してるかな?

めでたいこともあったけど、また悲しいこともあったよ。

一雅の子守はお願いね。

きっとみゆ達の夢に出てきてくれないのは、一雅の子守で忙しいからだよね?
でも、たまには会いに来てね。


昨日はね、初めてかな?
さおとあなたの話をして二人で泣いてしまったの。

あなたがいない生活に、なんとか慣れてきたけど、平気になる日なんて来ないよ。
いまでも寂しいよ。会いたいよ。

あなたがつけていたネックレスを、みゆとさおで一ヶ月交代でつけることにしたの。

すこしでもあなたのことを側に感じたいんだよ。


どうしてお母さんが病気で死ななければいけなかったのか、なんて考えても仕方ないってわかってる。
けど、なんでだろうって思ってしまう。


できるならあなたと、これから先も生きていきたかったよ。


もっと色んなところに旅行したり、美味しいもの食べたり、お母さんの料理の味を習得したり、、



まだまだ一緒にいたかったよ。
寂しいよ、そばにいてよ。
また一緒に一つの布団で身体寄せ合って寝たいよ。





今、あなたはどこにいて、どんなことを思っているかな?
側にいてくれてるのかな?
心配かけちゃってるのかな?




どうか、今は苦痛のない、幸せな気持ちでありますように。


大好きだよ。







iPhoneからの投稿
もうすぐお正月。


去年も、さみしいなぁって思ってたな、


でも去年さみしかったのは、私が自分の意地を貫いてしまったから。

今思えば、そんな意地とかプライドなんて捨てて、一番大切なあなたと一緒に過ごせばよかったね。



もうあなたの作るお雑煮を食べれないんだと思うたび、あなたがいなくなったことを実感する。
いろんなことを引き金に、あなたとの思い出を思い出して、現実が辛くなる。

きっと周りからみたら、もういい加減めそめそするなと思われるかもしれないけど、いまでもまだ信じたくない自分がいる。


現実的に考えられる自分と、いつまでも受け入れない自分がいる。





あなたと過ごせる時間に限りがあることをわかっていたはずなのに、本当はわかっている振りをしていただけだった。
なんにもわかってなかった。



本当に大切な人やものがあるなら、それを前にして意地やプライドを貫こうとするのは愚かなことだと思った。


そんなのどうだっていい。

ただあなたがいてくれれば、それだけで幸せだった。









会いたいなぁ


お前からのごめんなさいなんて謝罪はいらないよ
謝ったって一生許さないし許せるわけない


ただ罪悪感から逃れたくて出る謝罪の言葉なんて何の意味もないし、ここまできても自分のことしか考えてないんだね

もしかしてどっかで自分は被害者とでも思ってるの?


何で帰ってきたの
誰もお前の帰りなんて待ってないよ