一年がたちました。

あの日は金曜日だったんだよなー。

私は親とちょうど家にいました。

TVの映像が現実のものとは思えなくて、

実際に外に出てもそんなになにも変化はなかった。

次の日、何事もなかったように店はオープンして、バイトして・・・

よくわからなかった。

暮らしの中のモノ・インフラ・考えの甘さなど「当たり前」を疑った。

そして日々の生活の中で見失ってた本当に大切なモノに気づいた。


もし、復興・復旧して目に見える「震災」の痕跡がなくなったとしても

震災のことが忘れ去られてしまっても

忘れてはならないのは

「当たり前を大事にすること」「時には当たり前を疑い、新しい当たり前を作ること」

そして「自分の身の回りの環境に感謝して生きること」

これは被災した人だけじゃなく世界中の人が意識して生きていけたら、

地球もこんなにならないし、もっとキラキラした笑顔が増えると思う。

だからまずは自分が忘れないようにしなくちゃいけない。


元の日本の姿になんて絶対に戻したくない。

同じことの繰り返しは嫌です。

だから根本から変えてやる!

これ就活の軸(笑)


就活終えたらまた東北にいきます。


もっとみんなも毎日を大切にしましょう。

「誕生日じゃない日バンザイ」みたく、なんでもない日が

一番幸せを感じるのかもしれない。

そして私は恥ずかしくて言えないけど、家族にはとても感謝しています。

いつもありがとうね!



団体立ち上げ無理そうです。
30代の人と40代の人がお互いを疑いあってる。
私はその間に挟まれる(>_<)
認め合わないと立ち上げなんてむりだし、至らない点はみんなで高めたりしていくべきでしょ?
なのにあらさがし?
現実と理想の差が激しすぎてなんとなく無理なことわかってたよ。
でもさ、それならいつか立ち上がるためにお互いを認め、時には変えてやろうよ。
一方的だよ。
そんなん私には耐えられないわ。
それで無理だったらお互いを諦めればいい。
「ほらいったじゃん」ってなに?
私は疑うよりまだ信じたい。
なんか大学の先輩たちのほうが大人だと感じた。
はー
人のあらさがしする前にまず自問自答する事が大事だとおもうけどね!

海外とかに逃げたい。
もっとさ、考えすぎず動く必要があるよ。日本人。


Android携帯からの投稿

じいちゃんが突然亡くなり、急きょ昨日さようならを告げてきました。

でもうちの親戚はみんなにぎやかだから、全然そんな感じがしなくて、

お別れする時だけ泣きそうになったくらいでした。

みんな

「いい顔してる」

「鼻高い」

「案外イケメン」

「生まれ変わったら一緒になろう」

とか言いたい放題(笑)

おもしろかったのが、じいちゃんの鼻の傷と、

うちのお父さんが前に酔って鼻切ったときの傷の位置が一緒だったこと(笑)

やっぱり親子なのね!


斎場で爆笑してるのも、うちの一族だけ!(笑)

あんまり悲しまれるよりこうやって笑い飛ばしてしまうような

死に方を私もしたい!


でみんなでご飯行って、みんな酔いまくり、

うちの父親といとこの兄弟二人(21歳と23歳)は恋人つなぎで歩いていました(^O^;)


若干語ったけど、私は正義感が強いから心配と言われました。

そうなのか自分ではよくわからない。

どこでこれ以上力を抜くべきかもわからないし(笑)

生き方って人それぞれだけど、うちの一族の考え方はかなり私の生き方に

影響を与えていると改めて実感。

生きることとか、命ってむずかしいねー!

でもその分おもしろいから、色々経験したいと感じました。


さて、ESと戦います。おえおえ。