こんにちは。しらて。です。

今回も私の体験をお話します。


わたしは両親とはあまり友好的な関係ではありません。

特に父親とは本当に仲が悪く、とにかく私が拒否していました。

どういったところが嫌なのかというと

父親はつねに「自分」にベクトルがむいているんですね。

「自分がそうしたいから」

「自分がやりたくないからしない」

気に入らなければ、大きな声をだし威圧的な態度になるひとなんです。

一方、

母は私から見るとつねにベクトルは「夫(父)」に向き、自分のことよりも「夫(父)」を大切し、優先させているように思えました。

このときは、この思いがあそことつながっているとは思いませんでした。


そんな両親も高齢になり、

母は体が不自由になったため、父が介護をしていました。

そして家での介護も難しくなり施設でお世話になるようなりました。

すると父は

「もっといろんなところに連れていってればよかった」

「もっとおいしいものを食べさせてやればよかった」と

後悔する言葉をいうんですね。


この言葉を聞いて、私はこう思いました。


わたしは

「いまさらなにをいうてるの?」

「60年近く一緒にいて、体が不自由になってから思うなんて

自分を正当化したいだけ、自分を慰めたいだけ」じゃないかと

いつまでも「自分」のペクトルが向いている父を責める思いがありました。


でもここで、ふと思いました。

違和感を感じたんです。

なぜなら、父を責めている思いは「顕在意識」でのこと。

なにかがのどにつかえて、

出ようとしているのではないか。

そんな気持ち悪さを感じました。

本当はなににイラ立ち・なにを責めているのか。

本音のホンネを深掘りしたんです。


すると私自身のとてもふか~い思考・感情がでてきました。


実はわたしは、昨年14年間ともにすごした愛犬を亡くしました。

わたしにとってその子の存在は、これまでの人生を劇的にかえるものだったんです。

常に私の心のよりどころでした。

でもわたしは、そのことに気づくこともなく、

亡くなる直前になってから14年間の日々を思い返し後悔をしていました。

「もっといろんなところに連れていってればよかった」

「もっとおいしいものを食べさせてやればよかった」

「もっと一緒にいればよかった」

「寂しい思いばかりさせていて、あの子を優先してなかった」

その思いの反面

「いまさらなにをいうてるの」

「14年間なにをしていたの」


わたしは「わたし」をずっと潜在意識の奥底で責め続けていたんです。

父への責める想いは、父だけではなく、わたしに向けているものだったんです。

本音のホンネはそこだったんですね。


このように

本音のホンネは、思いもよらないもので感情だったりします。

でも、それに気づけないと表面上でしかわかることができずに、どれだけの思考のケアをしてみても本当の思考のケアをすることはできないんです。


目の前のできごとの

本音のホンネに気づかれることをおすすめします。

そのときでてきた本音のホンネを

責めないであげてください。

その本音はけっして自分を苦しめたもの、

苦しめるものではありません。

常に自分の1番の味方であり、

常に自分を応援者なのですから。


大丈夫。

きっと、ゆっくり、そっと出てきてくれるはずです。

そこでこう言ってくれます。


『やっと気づいてくれたね』と。