池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

池波正太郎・三大シリーズをたしなむ

2020年5月に当ブログを開設しました。

現在は「剣客商売」の本編・16巻の読みどころや魅力を紹介する「剣客商売を極める」シリーズを投稿しています。月1投稿ですが、こちらの記事も是非、チェックしてみてください。

鬼平犯科帳 浅草・御厩河岸 

~池波正太郎の三大シリーズをたしなむ~

 

今回は、鬼平犯科帳の1巻第4話「浅草・御厩河岸」を紹介します。

隅田川にかかる厩橋は明治時代に架けられたものであり、江戸時代は船渡しを使って対岸へ渡りました。

かつて幕府の厩屋があったことから名づけられた船渡場・御厩河岸。その近くに暮らす盗賊改めの密偵のある出来事を描いています。

 

あらすじ1)

寛政元年のある夏。

 

御厩河岸の北端にある浅草・三好町の居酒屋・豆岩へ1人の乞食坊主がやってきた。

 

豆岩の亭主・岩五郎がこころよく水を飲ませ、いくらかの銭を紙に包んだものを握らせた。坊主はすばやく銭を懐を入れると、岩五郎の顔をじっとみた。

 

そして、岩五郎には長生きの相があり、品川の宿場女郎あがりの女房が福をはこんできたこと、さらに同居する義理の母親の体が悪いことを言い当てた。

 

目の前にいる坊主は地元では見かけない顔であり、不思議に思う岩五郎。坊主は構わず話を進めた。

 

「ただし、迷ってはいけない。いまの暮らしの基盤となっているものに背いてはいけない」

 

坊主は易や手相、人相がよくあたるらしい。岩五郎がお礼に大福もちを包んでいる間、坊主は夕闇に紛れてしまった。

 

豆岩には、船頭や人足、近くの武家屋敷の中間まで多くの客がやってくる。日中は、少し離れたところで小間物屋を営む岩五郎。豆岩はもっぱら妻に任せていたものの、夜には妻を手伝うために店にくる。

 

その夜、お店を閉まって一家団欒の時を過ごす中、戸を叩く音がした。

 

岩五郎の知り合いであり、手短な用事だたっため戸外で話し、すぐさま家へ戻った。

 

翌日、知人との約束の場所に向かうべく、妻には緡売りに回るといって外に出た。

*緡(さし):銭をひとつに束ねるための藁。銭の穴に通して使う

 

その日は孫守りをする義母に店番を任せ、浅草・福富町の浄念寺に向かった岩五郎。境内で昨夜の人物・彦蔵と合流し、2人は本堂の裏側へまわった。

 

彦蔵はいわゆる盗賊であり、岩五郎とは7,8年ぶりの再会だった。岩五郎に声をかけた理由は、緡売りをする彼を見かけたことや、彦蔵がついているお頭が新たなつとめに出るための人集めのためだった。

 

あらすじ2)

下目黒村の百姓地へ連れてこられ、雑木林に囲まれた隠居所へ連れてこられた岩五郎。

 

内部では彦蔵のお頭・海老坂の与兵衛が待ち構えていた。彼は親子三代で盗賊稼業をしてきた名門的存在であり、与兵衛の人格もまた立派なものだった。彼も盗みのために卑劣なまねはしない本格派の盗賊である。

 

かつて父親が与兵衛のもとで働きたいと語っていたことを思い出す岩五郎。実は、岩五郎と父・卯三郎は盗賊をしていた時期があった。今は堅気の商売に精を出し、卯三郎も息子とは離れた場所で細々と暮らしていた。

 

与兵衛がつとめを思い立ったのは、余生を送るためのお金が不足していたことだった。大所帯の頭のため多くの部下の面倒を見なければならず、自身に残るお金も少なくなる。そこで、仕事は小さいものの、最後のつとめとして行動に出た。

 

ターゲットは本郷一丁目の醤油酢問屋・柳屋吉右衛門方であり、3年間から配下を下男として奉公させていた。さらに、盲目のあん摩を装った配下も柳屋に出入りさせ、入念に準備を進めてきた。一方、精巧な作りの錠前には与兵衛方も頭を悩ませている。

 

頼りにしていた錠前外しが亡くなってしまい、誰に頼もうか考えていた与兵衛。そこで、盗賊時代に錠前外しを得意としていた岩五郎に白羽の矢がたった。

 

あらすじ3)

寛政元年の八月下旬。

 

緡売りのため回向院前を歩いていると、編み笠を被った侍を見かけた。岩五郎とは何やら関係があり、お互いにめくばせすると竪川へ向かった。

 

そして、示し合わせて合流したことを悟られないように注意しながら、時間をずらして雑木林に入った。このあたりは江戸の郊外であり、人影も少ない。

 

侍の正体は佐嶋忠介であり、現在は長谷川平蔵組の与力となった。岩五郎と佐嶋与力の出会いは、7年前にさかのぼる。

 

当時の盗賊改め方の長官は堀帯刀であり、佐嶋も右腕として活躍していた。その頃、岩五郎は父・卯三郎共に鶍の喜左衛門の配下となっていた。ある日、喜左衛門の配下の頭株が盗賊改めに捕まったことで、喜左衛門たちも捕まった。

 

岩五郎も、中風のために身動きが出来ない卯三郎のために逃げ遅れ、一味共に捕縛された。しかし、ある晩、佐嶋与力が訪ねてきて密偵として働くことを持ち掛けられた。

 

最初こそ、狗になることを拒んだ岩五郎であったが、近年の盗賊のやり方に嫌気を差していたこともあり、佐嶋与力の人柄に感化された。また、牢屋内で中風に苦しむ父親の姿も岩五郎を突き動かし、お上のために働く決断をした。

 

一味が処刑される中、岩五郎父子はひそかに牢屋から出され、卯三郎は浅草下谷・新寺町の長屋へ住まうことになった。また、盗賊改め方から父親の面倒を見てもらっており、岩五郎も成果を出さずにはいられない。

 

現在は、妻や子供たちにも恵まれ、堅気として幸せを噛みしめる岩五郎。同時に、狗となった自分を恨む者も大勢おり、いつ命を狙われるのか分からない。また、佐嶋与力が再び盗賊改めに戻ったことで、連絡を取り合うことも気をつけなければならない。

 

お互いの連絡手段として、岩五郎の店先に笠を吊るして合図を送ることを提案した佐嶋与力。去り際、海老坂の与兵衛が生きていることを岩五郎に教えるも、岩五郎の内心は複雑だった。

 

あらすじ3)

海老坂の与兵衛の計画はちゃくちゃくと進められ、一味の者すべてを守るために苦心する与兵衛の計画に岩五郎は感心せずにいられない。しかし、佐嶋与力から与兵衛の名前が出た時、夢から覚めたような思いがした。

 

自分を見込んで密偵にした人だけに、佐嶋与力の目はごかませないと思った岩五郎。同時に、夏の日に出会った乞食坊主の予言めいた言葉も気になる。

 

今の暮らしの基盤になっているものに背いていはいけない

 

つまり、盗賊改めの密偵(盗賊界でいう狗)として、公儀を裏切るような行為はするな、という警告だった。

 

もし、岩五郎が盗賊に戻ったとなれば、卯三郎はもちろん、妻たちの運命も狂わせることになる。

 

思い悩んだ末、ある決断を下した岩五郎。店の軒先に笠をかけ、中へ入ろうとした直前、彦蔵に声をかけられた。

 

おつとめの決行日である九月七日が迫る中、与兵衛から思わぬ知らせを受けた。実は、柳屋で奉公していた善太郎が中風で寝込んでしまい、内からの手引きが出来ないため延期せざるを得なくなった。

 

また、新たなに手引きの者を入れようにも1年以上はかかると見て、柳屋への押し込みはかなり先になることを言われた。

 

豆岩の店に戻ると、笠が軒先に吊るしたままだったことに気が付いた岩五郎。急いで外そうとした矢先、佐嶋与力に笠の目印を見られてしまった。岩五郎は覚悟を決め、佐嶋与力と合流した。

 

あらすじ4)

それから3日後、浄念寺で海老坂の与兵衛一味が捕らえられた。密告者は岩五郎であり、翌日には岩五郎の家族と卯三郎が夜逃げした。

 

その夜、清水門外の役宅では長谷川平蔵と佐嶋与力が岩五郎について語り合っていた。岩五郎のことは放っておけという平蔵に対して、佐嶋与力は心配だった。逮捕された与兵衛一味のうち、6名が逃亡している。もし、岩五郎の密告を知れば只ではすまない。

 

岩五郎について語りあう2人。部屋にはもう1人おり、坊主頭に小刀を差した岸井左馬之助だった。岩五郎が水をあげた乞食坊主は、左馬之助の変装だった。彼は人相を見ることができ、岩五郎の密偵としての働きぶりも見抜いていた。だからこそ、念を押すように「暮らしの基盤になっているものに背くな」といった。

 

岩五郎一家がなぜ江戸を離れたのか、どこへ向かったのかは分からない。彼の生まれ故郷の越中で、穏やかに暮らすことを願うばかりである。

 

-浅草・御厩河岸 終わり-

 

鬼平犯科帳 浅草・御厩河岸の登場人物

岩五郎:浅草・三好町で居酒屋と小間物屋をいとなむ元盗賊。本編の7年前に捕まるも、佐嶋忠助に見込まれ、密偵となった

 

佐嶋忠助:火付盗賊改め方の長官・掘帯刀組の与力であり、現在は長谷川平蔵組の与力として活動している。年齢は52歳。

 

岸井左馬之助:平蔵の剣友。ある夏の日、乞食坊主に変装して岩五郎に近づいた。また、彼の予言めいた人相は、岩五郎のその後の運命を変えることになる。

 

盗賊

海老坂の与兵衛:諸国をまたにかけて活躍した大盗賊。いわゆる本格派であり、盗賊としての理想を貫く。「配下を信ずること鉄のごとし」を信条とし、配下との信頼関係が非常にあつい。

 

彦蔵:与兵衛配下の盗賊。岩五郎に江戸でのおつとめを誘う。

 

岩五郎の家族

お勝:岩五郎の妻であり、居酒屋・豆岩を切り盛りする。品川の女郎女上がりであり、前夫との間に息子がいる。岩五郎と結婚後に、一女・おじゅんを授かった。

 

お八百:お勝の母。普段は孫守りをしているが、岩五郎が緡売りに出ている間は代わりに店番をしている。

 

卯三郎:岩五郎の父親で元盗賊。越中・伏木の生まれ。妻には薬の行商人と偽り、盗賊をやっていた。岩五郎が密偵になったことで共に足を洗い、息子とは離れた場所で暮らしている。

 

宇吉:お勝と前夫との子供であり、本編未登場。芝・田町九丁目にある紙問屋・大和屋作兵衛方へ丁稚奉公をしている。

 

本日の捕物

海老坂の与兵衛一味

頭・与兵衛と配下8名(彦蔵を含む) 残党6名は逃亡中

 

鬼平犯科帳 浅草・御厩河岸の見どころ

見どころ1)鬼平で最初に書かれたエピソードだった!?

鬼平犯科帳の巻末には、各エピソードの初出掲載誌と刊行号も載っています。1巻4話目にあたる浅草・御厩河岸は「オール読物」昭和四十二年十二月号となっており、1話目の「唖の十蔵」より1ヵ月早い発表となっていました。

 

つまり、鬼平犯科帳の本当の1話目は「浅草・御厩河岸」であり、時系列の関係により1巻4話に充てられたでしょう。

 

小説の巻末は飛ばしてしまう方も多いでしょうが、気が向いた時に覗いていると思わぬ発見があるかもしれません。

 

見どころ2)密偵と盗賊の間に悩む岩五郎

小房の粂八と同様、盗賊改め方に見込まれて密偵となった岩五郎。「唖の十蔵」から登場し、彼がもたらした情報が、大盗賊を捕まえるきっかけにもなりました。

 

平蔵からも活躍を賞賛され、盗賊改めにはなくてはならない存在となった岩五郎。私生活では、家族にも恵まれたものの、彦蔵や海老坂の与兵衛と出会わなければ穏やかな生活が続いていたでしょう。

 

近年の手荒な真似をする盗賊のやり方を良く思っておらず、それゆえに盗賊としての理想を貫く与兵衛に魅了されてしまった岩五郎。もし、与兵衛がむごたらしい真似も厭わない人物であれば、岩五郎は誘いに乗らなかった。

 

与兵衛一味の巧妙かつ鮮やかなやり方は岩五郎にとっても、惹かれないものはない。何とてしても、おつとめを成功させたい気力が沸き出てきた。しかし、密偵としての今の自分や家族を思うと欲望のままに動くことは危険なこと。

 

最後までどうしようか悩む岩五郎。もし、与兵衛のおつとめが延期されることがなければ、早くに軒先の笠をしまい込んでいれば、岩五郎のその後は違っていたでしょう。

 

*岩五郎の過去は1巻137ページ、密偵になった経緯は151ページを参照

 

あらすじ3)真の盗賊のモラルとは?

ここでは本格派と呼んでいる真の盗賊。彼らは、盗賊の玉科金条と呼べる3つの掟を守り、

「盗む者も泣きを見ず、盗まれる者も泣きを見ず」を理想に掲げています。

 

真の盗賊のモラルとは

1.盗まれて難儀するものへは、手を出さぬこと

2.つとめ(盗み)をするとき、人を殺傷せぬこと

3.女をてごめにせぬこと

 

真の盗賊ともなれば、盗賊としての誇りも高く、頭と配下の信頼関係も鉄のごとく固い。

 

今回お縄にかかった海老坂の与兵衛一味は、頭と配下の信頼関係が非常に厚く、これまでに捕まった配下は、50年で5人しかいなかった。捕まった全員は、仲間を売ることなく、いさぎよく処刑された。

 

また、与兵衛自身も人柄がよくできており、面倒見の良さだけでなく、一度足を洗った配下とは接触しないなど、彼なりの気遣いも見せている。

 

盗賊といえど、海老坂の与兵衛のように稼業に誇りを持ち続ける一味は、ほれぼれとしてしまいますね。

 

だから、真の盗賊は「盗み」を「つとめ」と呼ぶのです!

 

まあ、言い方を変えたところで盗みに変わりはありませんがね……。

 

鬼平犯科帳 浅草・御厩河岸まとめ

佐嶋与力に救われたことで平穏な暮らしを手に入れた岩五郎。しかし、その暮らしを自らの手で壊してしまい、逃げるように江戸を離れていきました。体が不自由な父と義母を連れての逃亡はなかなか大変であるものの、彼らには与兵衛一味の残党から逃げきってほしいでしょう。

 

さて、次回の投稿は7月3日(水)を予定しています。

 

本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございましたニコニコ