さん…。

私は思い出そうとした。彼と何処で出会ったのか、初めて交わした言葉がなんだったのか。
そして愕然とする。
どうしても思い出せないのだ。
こんなにもよく知っていると思うのに、何度も言葉を交わしたはずなのに、何故彼が誰だか思い出せないのだろう。

『まだ時期じゃないんだね。ならまた今度にするよ。』

考え込む私の前で彼はそう言うとその場を去った。その言葉の意味がわからないまま、私はその場に取り残されたのだ。

わからない。わからない…。

焦燥感だけが私を支配する。

わからない。何故…？

私はしばらく思考の渦にまかれながらその場に立ち尽くしていた。

に。

瞬きだけで人の十年が過ぎる。
うたた寝すれば一生が過ぎる。
目を閉じて開く間の変化など彼等には感じられないのだ。だから彼等が人の目に留まることなど殆どない。そもそも生きている時間軸が違うのだ。
いや、もしも目に留まるとすれば、その動作はスーパースロー並にゆっくりとした動作に違いない。そしてそんな動の瞬間をカメラが捕らえることが出来れば、それは立派な心霊現象になるのではないか。

ただ漠然と考えていた。きっと物凄いスピードで考えていた。取り留めも無く、脈絡も無く、それでも考えていた。彼の言う『絶対数』の話を聞いてから。

そして思う。そもそも何故私はこんな話を聞いているのだろう。そして彼は一体…。
目の前で微笑む極普通の青年を見る。そして彼と出会った時の事を思い出そうとしていた。

いち。

『私たちの絶対数は変わらない。私たちは死なない。そして生まれることもない。』

感情の伴わない眼で彼は言った。彼らにとってそれは当たり前過ぎるただの事実であって、その内容に意味などない。
長い年月を呼吸してきた彼等にとって人の一生など瞬き程の出来事に過ぎず、また人にとってもその長すぎる生涯は想像することすら不可能なのだ。
今この一瞬を共有したからといって何が変わるという事もない。いや、本当の所ほんの少しも共有したモノなど無いのかもしれない。『永遠』という時間軸を生きるものと限られた生を生き抜く我々とではそもそも同じ時間には居ないのだ。