寝たばこやコンロの火の消し忘れによる火事火災の事故を見ると、馬鹿な奴だ、火の不始末とか。
などと他人事と思いながら火事を起こしたやつを笑っていたが
この年齢になるともうすでに3回ぐらい小火を起こしかけてもしくは起こしている気がするので
たまたま運がよく火事を起こしてないだけで、自分はそういった事故を起こす可能性がある人間であり、
調理器具が古くなり、火の管理が効かなくなっている、という言い訳をしてはいけない、今後は気を付けなければいけない
などという結論を普通は出してしまう。
この、気を付ければいい、という考えはただの根性論である。
今後刻々と老いてポンコツがより無能に磨きがかかるのなら、小火火事火災を起こすことは可能性を拡大していく一方である。
このとき考えることは、燃えない家に住むか、調理器具に火の消し忘れを感知する機能があるものを使うべきであり
それこそが文明的解決、人間の叡智による火の克服である。
というのが、私ではなくお偉い物理学者の素晴らしい意見である。
ニュースで火事の報道が起きた時、火事を起こしたババアではなく、燃えやすい材料で家を建ててしまった俺たちのせいだ。なんて考えたらしい。自分なら糞ババア、お前のせいだ!と罵っていたでしょう。
まさしく、自己責任で根性論。何も解決もしない、今後も同じことが起こるし、そのたびに人が死ぬ
そして解決もせず、火事を起こしそれに巻き込まれた人の無念を勝手に代弁し、その人を罵倒するでしょう。
何も進歩しない世界、何も学ばず、何も生産しない。
それを俺たちのせいだ、と言ってしまう物理学者の言葉に感銘を受けていたので、同じように自己責任を押し付ける場面に
それは違うのではないか、と考えてみる。
というのが交通事故である。
ネット上の交通事故の動画を見かける。それは大きな死亡事故ではなく、車や歩行者の接触事故でその責任と落ち度、
平たく言えばどちらが悪いか、を問う動画なのだが。
他の誰かのせいにしてみると、法律ではないか?、物理的に接触が発生する道路構造に問題はないのか?事故が起こりやすのならミラーや標識が足らないのではないか、車の性能や、視界の確保が悪いのではないか。いやきっと地面の色が悪い、天気が悪い、占いの結果が悪い。
そもそも私は免許もないので交通ルールもまともにわからない。
ハインリッヒの法則というものがある。1件の重大事故の背後には、29件の軽い事故と300件の怪我に至らなかった事故がある
という経験則だが。今日もきっと起きている交通事故にそれは適応できるだろう。
だが、今目の前に起きた事故の背後に交通ルールすらしらない俺が適当に宣った法律とか車の性能とかという悪者を
誰も指摘せずに、自己責任を使う、当人すらもそう刷り込まれている。
私は別に交通事故を起こした犯罪者を擁護するつもりはないが、誰だって車を運転すれば人を殺す可能性がある
それは悪意もなく健康上の問題もなく、不可避の事故やお互いの不注意でも事故が起こるのなら
当事者でも関係者でもなく、別の悪者を捜すべきだ。
交通違反を取り締まる警察の働きで、交通事故が減っていることも、事故が起こった時にしかそれを見ない我々にはその実感がない、もっと交通違反を取り締まるべきだね。今日の交通事故は警察の怠慢だ。
業務中に馬鹿な奴の起したケガや事故がなんかは損害賠償もなく、事故を起こした人が補償うけたりするのに、
交通自己だけは、こんなにも自己責任が強いことに、私は非常に疑問である。
もっと誰かのせいにしていいんじゃないか?