雑誌『AERA』2017年10月2日、No.43の特集「不確実な時代に占いと付き合う」でインタビューをしていただきました。

 

インタビューはこちら

 

https://dot.asahi.com/aera/2017092800084.html

 

インタビューは都内のカフェで行われ、AERAの柳堀さんに「コーヒーと、あとこの桃のケーキも食べたいです」と言ったら「どうぞどうぞ」と快諾してくれてとても素晴らしい空気のなか行われました。

 

それで、やっぱり要約として僕が目指すものってカウンセリング的な占いなのです。

 

というのは、多くの人は量の差こそもちろんあるけど「他人に話せない悩み事」ってあります。そして、自分の悩み事って下手に誰かに打ち明けてしまうと「そんなこと思っていたんだ」と見られてしまうこともあるし、あとは「そんなこと言ってちゃダメだよ」と怒られたり説教されたりする危険性もある。

 

誰かにとっての「理想の生き方」って、別に他の誰かにとっての「理想」にはなれないわけだし、そこに共鳴しなければ誰かの理想に従う必要なんてないと思っています。でも、相談をされる側って容易に自分の理想を相談者に押し付け、それで「良いことを伝えてあげた」って思っちゃう可能性って注意しないと本当に強くあるのです。

 

これは日本固有のものかどうかはわからないのですが、日本って

 

「年長者など、アドバイスをする側が偉い」

 

みたいな風潮がどうしてもある気がしてきたのです。

 

アドバイスを求めているときってほとんど「弱っている時」なわけだから、その弱っている時にアドバイスを誰かに求めて「甘い!」とか言われたらたまったもんじゃない(笑)

 

もちろん、「そのままで良いんだよ」とか弱さだけを推奨する立場に立ったことはないけれど、なんか解決策として「今より強くならなければいけない」とか「自分で何とかしなければいけない」以外のやり方ってあるんじゃないかと常に思っているのです。

 

自分の悩み事って、やっぱり利害関係のない第三者に話したい。利害関係がある人だとどうしても「この人にはこう動いて欲しい」という相談を受ける側のバイアスが働いてしまうんですよね。

 

利害関係のないところでの「話を聞きながら、話を整理するお手伝いをして、答えは自分で出してもらう場所」ってけっこう少ないと感じているのです。

 

「自分解放メソッド」「より自分らしく生きる人生へ」とか、そういう大げさなものじゃなくて、ただ話を聞いてくれるような場所。昔のお寺とか寺院が担ってた役割です。

 

それをなんとか社会的なひとつの居場所としてできないかなぁってやっています。

 

そういう「ほわ~ん」とした理想を聞き出してくれてすごく嬉しかったです。AERA万歳。