眠れない夜が最近は多い。
シンプルに生活リズムが崩れているのが原因なんだが。

夜、暗闇でベッドの中1人でいると色々考えてしまって、それが嫌でスマホをいじってさらに眠れなくなる。

本当に最近訳もなく考え込んでしまうことが多い。

進むべき道はどれなのか、自分の今いる道は間違っていないか、とかいう将来への不安。
今自分は精一杯やれてないんじゃないか、という怠惰に対する不満。

そして自分は周りにどうみられているか、不思議ちゃんならまだ良いが、気持ちの悪いやつだと思われていないか?嫌だと思われていないか?陰口実は言われてるんじゃないか?とかいうありもしないことに対する不安だ。
ありもしない、というのは少なくとも自分の身近にいる興味対象である人々(要はちゃんと認識できてる人)は他人をただ否定したり、訳もなく嫌がったりとかそんな下らないことは考えたりしてないだろうという信頼からだ。つくづく人間関係には恵まれていると思う。

1つ目の不安に関しては、「どれが」という単語を使える時点で自分は恵まれている、と思う。選択肢をもててる時点でこの年代の中では勝ち組だと思う、今後は別として。
“なんとなく”で生きていきたくない、というのはある。何もかも上手くいくなんて有り得ないが自分の意思で物事を決めて生きたい。
何もかも上手くいくなんて有り得ない、というのは言葉で分かっていても本当の意味では理解出来てないんだと思う。世の理不尽に打ちのめされる時がもう一度きっと来るのだろう。理不尽に打ちのめされそうになったことは過去に何度かあるが記憶から抹消されつつある。でもその理不尽が私を成長させたのも事実である。憎んではいたが感謝もしている。

そう言えば年始のおみくじで大吉を引いた。
お守りが付いている珍しいタイプだった。そのお守りが亀だったんだが、財力と長寿延命のお守りらしい。
財力はシンプルに嬉しいが、長寿が素直の嬉しく思えない。
昔からそうだ。幼稚園の時は「小学校で勉強ついていけるか」「新しい友達をうまくつくれるか」という不安で、小学校の時からはずっと暗闇に包まれた未来に不安を抱いていた。時には眠れなくなるほどに。

不確定な未来というのはもちろん幾らでも自分で変えられる可能性があるということだが、確定されてないものとは不気味で保証されてないことに対する不安がある。

長く生きるってことはその不安といつまでも戦わなくちゃいけないってことだ。そんなの疲れてしまう。てか既に疲れてる。

大人になりたくないとあんなに言っていたのに成人してしまった。学生という身分でいる事で無理矢理モラトリアムを延長させているが決済しなきゃいけない時は必ず来る。

てか大人ってなんだ。私よりガキ臭い大人、なんなら老人と呼ばれる年齢でもガキっぽいのがいる。でもガキっぽいっていうのは我儘でうるさいだけであって“子供”とイコールでは無い気がする。

私のなりたくない対象の“大人”の概念は自分で自分の人生の責任を負わなくちゃいけないってことだ。

好き勝手やりたいから、可能性を広げる邪魔になるから、失敗がいつまでも怖いから、責任を取りたくないんだ。

…やっと眠くなってきた。これで寝られるかもしれない。

私はまた心の中で願いながら眠る。「さっさとこの戦いから抜けさせてくれ」と。