私は以前、キックボクシングのジムに通っていました。初めて通ったジムの会長さんは、いわゆるイケメンで、男性からも女性からもモテるタイプ。会長さんが現れると、女性陣が黄色い悲鳴をあげて彼の周りに集まります。実際にこんな世界があるのだなぁと、私はポカーンと見ていました。


 ただ、この会長さんはとにかく口が悪かった。ジムのブログを書かれていたのですが、思わず目をしばたたいてしまう程でした。でも、ちゃんと読むと、とても人情味の溢れる内容なんです。ジムの選手達をとてもとても大事にしていて、選手達が活躍するために尽力する一方、ジムを裏切って海外へ飛び出していった選手に対しては一言の苦言も出さない。その選手は二度と名前を見ることはありませんでした。会長さんは漢だなと思いました。モテるはずです。


 さて、私はキックを始めたばかりで、技術なんてまったく分かりませんでした。それほど運動神経も良い方ではないので、何とか形になる動きを目指してもがいていた時期でした。ただ、ジムのやり方がどうにも不器用に思えて仕方なく、そこが気に入っていたところでもあったのですが、その想いをノートに書いていました。「ここ、こうすれば良いのになぁ。」とか、そういうことです。生意気にも程がありますが、誰にも見せないノートなので気にしていませんでした。


 あるときから、ジムのブログの口の悪さが一段と増し、何だか会長さんが怒っているような様子に見えました。どうしたんだろうなぁと思いながらジムに通っていましたが、久しぶりに会長さんが現れたとき、会長さんは女性陣の黄色い声に包まれながらも、じっと何かを探るように私を見つめてきました。私も何だろうと思ってじっと見つめ返しました。


 やがて、私がノートに書いた内容に対しての批判らしきことがジムのブログに書かれているように思えてきました。でも、ジムから直接何か言われることはなく、相変わらずじっと見つめられることはあっても(睨まれることはありませんてした)、熱心に指導してくれました。


 私は自宅でノートに書いていて、そのノートを誰にも見せたことはありません。当然、会長さんが私の書いた内容を知り得るはずはなく、私が書いた内容に会長さんが反応するなどあり得ないと思いました。


 ただ、何かおかしい気がする。


 私は試してみることにしました。ちょっと怖かったのですが、漢な会長さんを信じることにしたのです。


 私はジムに対する意見を何度も書きました。批判ではなく意見です。やがて、ジムのブログに書かれる内容が徐々に変わってきました。批判ではなくなってきたのです。


 女性の選手達は、会長さんの趣味なのかは分かりませんが、とにかくきれいな方ばかりでした。モデルさんもできるのではないかと思える方ばかり。そのうちの1人の試合時のコスチュームがいつもアニメチックで、私はそれがとてももったいないと感じていました。とても親切な女性で、彫刻系の美人なので、可愛らしいよりは格好良い方が似合うと思ったのです。余計なお世話だということは分かっていましたが、私は格好良い彼女をリングで見たいと思いました。そこで、ノートに希望を書いてみました。


 次に彼女がリングに上がったときのコスチュームは、ラメの入った金色のとても格好良いものでした!私の憧れがそこにありました。感動しましたが、同時にゾッとしました。


 やがてジムの移転が決まり、私には通いづらい場所になったので、私は逃げるようにジムを去りました。退会手続きもまともにせず、本当に逃げたのです。会長さんのお怒りをかうのが怖かったのではなく、ノートに書いた内容に反応があることが、とにかく気持ち悪かったのです。ちゃんとした手続きもしなかったのに、その翌月の料金が引き落とされることはありませんでした。


 1年ほどしてからでしょうか。ひょんなことで会長さんとバッタリお会いしたことがありました。会長さんは以前のようにじっと私を見つめましたが、優しく笑って無言で立ち去りました。私は無言で頭を下げました。感謝の気持ちでいっぱいでした。


 私はこのジムが大繁盛して欲しいとずっと思っています。どうか会長さんの夢が叶いますように。陰ながら応援し続けています。