先日、定例の訓練以外で久々に線路を歩き、そして走った。

この日は宇都宮線の乗務。
仕事の乗り出しの列車において、とある駅に進入中、交通量が多い踏切で車が踏切の遮断棒を根元から折ってしまい、踏切の非常ボタンを押されたのであった。
そのため、運転士は非常停車し、列車の前3両はホームにかかった状態でその他の12両は踏切を跨いで止まったのだった。

踏切遮断棒が折られることは珍しい事ではないのだが、この非常ボタンを復位させるのはほとんどが運転士が扱うのだ。
という、私は約20年近く乗務していて非常ボタンを復帰させたことは一度もなく、今回は指令所より、車掌が復位に行けるかと指名されたのであった。

(写真は参考:地元常磐線の踏切非常ボタン)

その時の私の気持ち「えっ!マジでー!」「ウソでしょー!」「フツーは運転士だろー!」「運転士の方が現場近いじゃん」と思いながらも「行きます」と応答し、現場の踏切まで進んだのだ。

現場の踏切は線路を歩くには、実はかなり危ない所で上下線の線路+車庫に続く回送線の線路がある3線ある箇所なのだ。

線路を降りる際の大原則は全ての列車を抑止させてからでなければならない。それが確約できない場合は絶対に線路には降りてはならないのだ。

その確約を確認してもなお、操車場からの出区の電車があると思うと怖さが消えない。
運転士には「もし車庫から出区の電車が万が一出てきたら無線で止める手配をしてください」と告げ、回送線側(下り線側)に沿って線路に降りて現場へ向かった。

最初は遮断棒が折られていることは気づかなかった。現場の踏切に到着すると、踏切脇に車を止めて居た人がおり、車で通る際に折ってしまったと申告してきて、初めて気づいたのだった。
折られた遮断棒は申告を受けた側と反対側(上り線側)の遮断棒であった。

その申告を聞いたあと踏切が10号車の運転台付近であったため、運転台を抜けて、折れた遮断棒の確認と踏切の非常ボタンを復位しに行ったのだ。


その復位するボタンのありかが分かっているのだが、気持ちがしばしば落ち着かないために見つからず一瞬焦ったのはここだけの話。(何せ3年に1回の定期訓練で当たらなければ何年もやらない事象だから…。)
非常ボタンを復位してからも踏切両側は車と通行人で滞留…。迂回をお願いするのに大声を出さなければ周りに聴こえない。これが一番心労であった。(アドレナリン全開)

やはり心無い言葉も言われる。「早く踏切を開けろ」「ふざけるなー」など。しかし、このような言葉にはどんなに優しい(笑)ワタクシも毅然と対応しちゃうんですよね〜(笑)「安全が確保されないのに電車を動かして人を殺すことなんでできませんからねー」(笑顔で)
心無い言葉を言われるとやはり人間の本質なんだなーと感じながら対応しているから自分の心にも余裕があったのだろう。

自分の乗務する最後部の乗務員室に戻り、最終的な安全の確認を取り、全ての抑止の解除を確認して、運転再開までこの間20分。あまりにも中身が濃すぎた。

線路に降りることはひとたび間違えば「死」に直結する。何年乗務していようがこれだけはいつも怖さがあるのだ。
まぁ、この事象のあと宇都宮を一往復する間しばらく胃が痛く立っているのも辛かった…。日報を書く手も進まなかった。

最終的な結論として何が言いたいのかであるが…。
安全は当たり前ではない。常にあるのは危険なのだ。何もない状態はこの努力の上に創られていることを、自らも忘れてはならないし、その為に乗務員は訓練している。ドア扱いや車内放送、改札業務は一般的には表に見える業務だが、実は異常時にしっかり動くことが使命のようなものだ。

鉄道の安全について少しでも感じるものがあれば嬉しいものです。

踏切は車が通れるものから、歩行者専用のもの、また遮断棒がなく、警報器だけのものなど様々です。

また線区によっては踏切がない路線や、宇都宮線では赤羽を出ると大宮までは踏切がありません。常磐線では北千住を出ると取手までは踏切がないなど様々です。
(同じ景色でも仕事で見る景色と帰り道で見る景色は別物)

常磐線 取手〜藤代間 踏切(歩行者のみ)

常磐線 取手〜藤代間 踏切(家の近所)

鉄道に携わる人以外でもこの「踏切」は身近な安全を考えるにはいい機会だと思います。
皆さんどうぞ毎日をご安全に!笑顔で毎日が過ごせますように…。
         ー終ー