一月も半ばになりましたが、新年明けましておめでとうございます![]()
本年も紫微斗数鑑定とカウンセリングの紫風薫を宜しくお願い致します。
私のリアル年賀状です↓
お友達に出しました![]()
お友達から、
「ユーモアの中に真理をついた年賀状だね」
「馬の鼻面ニンジンは、午年の年賀状にピッタリね」と感想を頂きました。
嬉しいです~![]()
今までの私は、ずいぶんと高い理想や目標
を掲げて生きてきました。
鼻面にぶら下げたニンジンの内訳
・パニック障害を克服
・どこにでも行けるようになる
・元気いっぱいに一日中動き回っても疲れない体になる
・繊細さんをやめて神経を太くする
そんな理想を掲げて一生懸命努力し頑張って走り続けてきたように思います。
でも、叶いそうもない理想に向かって走り続けるのは、あまりにも苦しく、無理がありました。
まさに「届かない鼻先のニンジン」です![]()
ビジネス用語では、馬の鼻先にニンジン(報酬)をぶら下げて部下を鼓舞する、という意味でも使われますが、私の場合は自分の鼻先にニンジンを自分でぶら下げて、自分で自分を鞭打って走っていました。
もう、苦しいのなんの![]()
まるでひとりSMです![]()
今思えばあまりにも滑稽、そりゃーつらいよねえ。
でもね、がんばればきっとできるかも?
努力すれば理想の私に近づけるかも?と信じていたんです。
でも、色々と頑張ってきた結果気づきました、
「あれ?私、できないこと、意外と多いな」と。
そしてようやく、自分の不器用さやポンコツさを認められるようになりました。
それは正直、かなり勇気のいることで少し屈辱的でもありました。
自分のポンコツさを認めてニンジンを追いかけるのをやめてみると、足元に、キラキラしたニンジンではないけれど、ちゃんと牧草が生えていたんです。
それは、特別ではないけれど、確かに存在する日常の小さな幸せ。
未来の理想ではなく、「今ここ」にある温もりや安らぎでした。
これからは、そんな“今の幸せ”を感じながら生きていきたい。
そう思えるようになりました。
スピリチュアルな世界では、私たちはもともと一つの存在、神様のような大きな意識から分かれた魂だと言われています。
神様は自分を知るために、たくさんの分身をつくって、この世界を体験しているのだとか。
私は、この「私」という肉体で、病気や性別、容姿や性格など、さまざまな欠けた部分や不完全さを抱えながら、「私の人生」を体験しに来た魂。
最初から、何でもできる完璧な存在であるはずがなかったのです。
それなのに、「完璧にならなければ」「もっとちゃんとしなければ」と、自分を追い立ててきたのですから、苦しくなるのも当然ですよね。
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この世界は、一つの大きなジグソーパズルのようなものだとも言われます。
私たちはそれぞれが一つのピースとなって、みんなで一枚の絵を完成させています。
ピースはどれも真四角ではなく、必ず凸凹しています。
例えばその凸を「人より少し得意なところ」、凹を「人より少し苦手なところ」だとしたら、凸凹があるのは当たり前。
自分の凹んだ部分は、誰かの凸と出会って、ぴったりはまります。
そして、自分の凸は、誰かの凹をそっと支えることができます。
つまり、できないことは助けてもらえばいいし、得意なことで誰かの役に立てたら、それでいい。
そうやって、私たちは一つの絵を完成させていくのです。
例えば、モナ・リザのジグソーパズル。
華やかな場所のピースもあれば、背景の目立たない場所のピースもあります。
もしかしたら私は、モナ・リザの下の方にある、特に模様のない場所のピースかもしれません。
少し地味で、目立たない存在。
でも、そのピースが一つでも欠けたら、絵は完成しません。
どのピースも、すべてが必要で、すべてが大切。
必要のない人なんて、この世界には一人もいないのです。
私たちは皆、それぞれが素晴らしいワンピース。
凸凹があって当たり前。
無理に凹を埋めようとしなくても、今のままの自分で、もう十分に価値があります。
もしあなたが今、苦しさや生きづらさを感じているなら、どうか立ち止まって、自分をそのまま受け入れてみてください。
足元を見てみると、すでにそこに「最高の幸せ」があったことに、きっと気づけるはずです。
紫微斗数メール鑑定を承っています。
どうぞお気軽にご相談くださいね![]()




