「本当の苦しみは愛するものからやってくる」これは小林秀雄のランボーⅢにある言葉だそうです。秀雄の言葉って、どうして、こんなにぞくぞくと鳥肌が立つようなものなんだろう。これをドストエフスキーの「罪と罰」の中に入れてみるといい。ラスコーリニコフはまさにこの言葉がぴったりとあてはまる。彼はソ―ニャを愛している。しかし、彼にはそれが分からない。彼の虚無が彼に愛の自覚を拒絶する。彼はだから、なんで、ソ―ニャのために苦しいか分からない。でもそれはソ―ニャを愛すればこそだ。彼は生きることに対しても同様だ。彼は生きることを愛しているにもかかわらず、虚無から、愛の自覚ができず、何故愛の発露が行き先を見出せないか、そのため、苦しまなければならないか、訳が分からず、苦しみに悶える。彼の苦しみは愛の苦しみだ。愛さえなければ、といっても、彼は自覚できないため、何故苦しむか分からない。虚無に苦しむ人たちは、自分がラスコーリニコフだと思うだろう。