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秘密基地

中津市 シールドベース ヤナリ で修行の日々を載せていきます☆

東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡って、避難区域や除染の方針など重要な決定を行ってきた政府の「原子力災害対策本部」の議事録が作成されていなかったことが分かりました。専門家は「将来同じ失敗を繰り返さないようにするための財産が失われたという意味で、国民的な損失だと思う」と指摘しています。

政府の原子力災害対策本部は、総理大臣を本部長とし、経済産業大臣をはじめ全閣僚をメンバーとするもので、原発事故当日の去年3月11日に設けられ、避難区域や除染の基本方針、農作物の出荷制限など原発事故を巡る重要な決定を行ってきました。NHKで、去年11月、それまでに開かれた21回の会議について「議事録や内容をまとめた資料など」の情報公開請求を行ったところ、公開されたのは、議題を記した1回の会議について1ページの「議事次第」だけで、議論の中身を記した議事録は作成されていなかったことが分かりました。NHKの取材に対し、原子力災害対策本部の事務局を務めている原子力安全・保安院の担当者は「業務が忙しく議事録を作成できなかった」と説明しています。公文書管理法は、国民への説明義務を果たすとともに政府の意志決定の過程を検証できるようにするため重要な会議の記録を残すよう定めており、公文書の管理を担当する内閣府は、原子力安全・保安院の担当者から聞き取りを行うなど経緯を調べています。原発事故への対応を巡っては、東京電力と政府が合同で事故対応を検討した「事故対策統合本部」でも主要な会議の議事録が作成されていなかったことが分かっており、内閣府は、この経緯についても調べています。

公文書の管理や情報公開制度に詳しい名古屋大学大学院の春名幹男特任教授は「政府の重要な立場にあった人たちは、記録を残さないと責任を果たしたことにはならない。今回は、自分たちの失策がそのまま記録されると困るので、あえて記録を残さなかったと思われてもしかたない。将来同じ失敗を繰り返さないようにするための財産が失われたという意味で、国民的な損失だと思う」と指摘しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120122/t10015450241000.html


シロアリのボスクラスがたくさん集まってるのがここ?
環境相「除染は福島の希望」 再生事務所開所式

2012年1月21日 12時13分

 「福島環境再生事務所」の開所式であいさつする細野環境相=21日午前、福島市
写真

 細野豪志環境相は21日、東京電力福島第1原発事故を受けた除染の拠点として環境省が福島市に設けた「福島環境再生事務所」の開所式で「除染は福島にとって希望。その責任を自覚して体制を整備する」とあいさつし、福島県の除染作業を本格化させると強調した。

 開所式には県内市町村長ら約60人が出席。佐藤雄平知事は「市町村や住民の思いを受け止め、現場の目線で柔軟に対応してほしい」と要望した。

 事務所は4日付で開設。職員約70人が常駐し、国直轄の除染事業の管理、市町村による除染活動の支援などに当たる。4月には約200人に増員する予定。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012012101001538.html




現在も地下水や海にだだもれしてる プルトニウム系の放射性物質に 山の森林にくっついてるし、春一番のような風でもうれつに呼吸系から被爆しちゃうだろうし。
なにより チェルノブイリでさえ 除染は無理で隔離したのに チェルノブイリ以上に深刻なフクシマ原発の除染なんて 小さな傘で雨を全部防ごうとするような 意味内ものとしかおもえないけどなあ。

除染の数十兆のお金にシロアリがあつまってるんだろうなあ。

その費用は福島の子供たちの無料の治療費と避難費用につかってほしい。

野田さん あんまりやわ。
「殺してやりたい」



おばあちゃんは、耳元で、3度、そう言った。

自分の旦那を、殺したい、と語ったのだ。



飯舘村。全村避難が完了した、ということになっている、

その地で、住み続けている老夫婦がいる。

かつて持っていた田2町部、畑6反、肉牛20頭を、

すべて核に汚染され、仕事も生活の糧も失い、

交通手段もないため東京電力からの一時金を引き出しに

銀行に行くこともできないまま。



今年2度目になる定期巡回で、またそこを訪れた。

今日はドイツのテレビ局のクルー2名も伴い。

これで何度目の訪問になるだろう。



玄関前の空間線量率2.48μSv/h。

その玄関をくぐると、排泄物の臭気が鼻孔をつく。

これは、初めて訪れた日から、強烈な印象として、

五感に焼き付いている。



病気で足腰が悪く、要介護であるそのおばあちゃんを、

旦那が介護している、という建前になっている。



その旦那は、

自分でトイレに行くことができず、

失禁してしまうおばあちゃんの下の世話もしていて、

三度の食事の面倒も見ている、という建前になっている。

自ら、何度も、我々に、そう語っていた。



だが現実は違う。



旦那は、おばあちゃんが失禁する度に、

あるいはそれに関わらず、

おばあちゃんをひどく折檻する。

食事も、ろくに与えていない。



本人の目の前で「もうこの婆さんは1年もたないから」と

平気で口にするなど、

おばあちゃんを認知症のように扱うが、

おばあちゃんの言葉は、実は、完全にはボケてはいない。



今までの何度かの訪問でも、

おばあちゃんは我々に、ほんの時折、そのことを訴えていた。

旦那の目を、盗みながら。

その声は、今にも消え入りそうに小さく、弱いものだが、

訪問を重ねるたびに、眼差しは壮絶なものへと変わっていった。



我々にできることは何か。

いつも頭を抱えてきた。

でも情けないことに、

定期的に訪れ、監視の目を光らせるしか、

できない無力さ。



支援物資の尿漏れパッドは、

訪れるたびに大量に置いてくる。

だけれども、毎日の生活の中で、

それはあっという間になくなってしまう。



そしてもはや、旦那側に、暴力への理由づけすら、

今はなくなってしまっている。

「失禁したから折檻する」というのではもうない。



こたつを囲み、わたしはおばあちゃんの隣へ。

ドイツのテレビ局クルーは、

口の重いおばあちゃんを片隅に、

積極的に話してくれる旦那にインタビューし、

その「献身的な」姿に感動さえしていた。



だけど、その「片隅」で、わたしは、

小声のおばあちゃんの話を、ずっと聞いていた。



靴がうまく脱げず、最後に玄関をくぐったわたしは、

唯一、旦那に聞こえない場所で、

「殺してやりたい」という壮絶な声を聞いたからだ。



おばあちゃんはこたつを囲んでから、

小声でわたしの耳元に、ずっと話し続けていた。

その声は、それでも少なからず、

旦那の耳に入ってしまっていただろう。

ものすごく不審な挙動で、旦那はこちらを気にしていた。



おばあちゃんは言っていた。



いつも、いつも、いつも、暴力を受けている、と。

我々が訪れた時にだけ、顔色を一変させるのだ、と。

もう耐えられない、殺してやりたい、と。

あの男には、絶対にバチが当たるよね?そうだよね?と。

恐怖のあまりにか、初めて出会ったときから、

どんどん小さくなってしまった目を、涙で潤ませ。



飯舘の役場の人は、震災以来4回ここを訪れ、

その度に旦那の暴力のことをこっそりと訴え続けてきたと。

だから、いつかここから救い出してくれると信じている、と。



だが現実は、「見殺し」だ。

役場は、何もしてこなかった。

そして恥じ入るべきことに、我々も、

まさに、同罪を、犯してきたようなものだ。

我々とて、殆どなにもできなかったのだから。



今日のおばあちゃんは、

あまりにも旦那に対して無防備に、

わたしに窮状を訴えた。

こんなことは初めてだった。



いつも旦那の目や耳を非常に注意深くかいくぐり、

我々に一言二言、漏らす程度だった。



後で殴られるのが恐ろしいからだ。



だが今日、その危険を顧みず、

ものすごく大きなリスクを冒し、

彼女は切々と、語った。

そして「殺してやりたい」と言った。

壮絶すぎて頭が真っ白になった。



事務所に戻り、我々は決断した。

もう介入しないわけにはいかない、と。

そうでなければ、時間の問題、かもしれない。

いまこうしている間にも、

おばあちゃんへの折檻は続いているだろうし、

それは日に日にエスカレートしているだろうから。



21:25

HCR代表より、まず110番通報し、飯舘村の管轄を調べた。

南相馬の警察が管轄だとわかり、

そしてその担当者は事情を聞き、

すべて南相馬の警察に内容を伝えてくれると言った。



21:35

震災・事故を受け、主幹機能を移転した

飯舘村役場(福島市の飯野にある)の宿直室へ電話。

応答なし。



21:30

行政による被災者臨時雇用によって成り立っている

地元のパトロール隊の宿直室へ電話。応答なし。



21:40

飯舘村役場(形式的に残っている)の宿直室に電話。

担当者につながる。

当該世帯の住所・氏名を伝え、

起きていることを伝えた。

既に彼らは知っているはずのことだが、

角を立てても逆効果なので、素知らぬふりをして。



固有名詞を出した途端、

担当者の声色が変わった。



やはり、知っていたのだ。



警察に伝えたのと同様に、訴えた。

非常に危険な状態だから、監視の目を光らせて欲しい、と。

だが、おばあちゃんを保護する瞬間までは、

どうか慎重に動いてほしい、と。

そうでなければ、おばあちゃんは口外したことを責められ、

またひどい暴力をふるわれるから、と。



警察も役場も、現実には、殆ど何もしてくれないだろう。

実際に取り返しのつかなくなることが起きるまでは。



介入する、ということは、

「誰も住んでいない」ことになっている村の奥地で、

人が住んでいる、ということを、

今になって認めなければいけないのだから。

そしてそこで許されない惨事が、

起きているということも。

そしてそれを以前から、知っていたということも。



頭がおかしくなりそうな憤りの中にあるが、

我々とて、毎日そこを訪れ、監視することはできない。

どうすればいいのかわからない。

だけれども、全力を、尽くす。

可能な限り頻繁に訪れ、監視の目を光らせる。

警察や役場とも情報を共有しながら。





1億5000万人が暮らす、この日本という国の、

あまりにも悲劇的な震災と核事故を被った東北の地の、

福島という県の山奥にある、飯舘という村で、

今、起きていて、そして闇に葬られようとしている、

あまりにもおぞましい犯罪を、

許してはいけない。だからこれを書いた。

遠く広く、語り継がれることを祈り。


http://www.facebook.com/note.php?note_id=368020853214711
http://hunter-investigate.jp/news/2012/01/post-160.html

鹿児島県が、川内原子力発電所の立地自治体である薩摩川内市で建設を強行している産業廃棄物の管理型最終処分場にからんで、反対運動の精神的支柱となっている真言宗の寺に、宗教法人の認可権をちらつかせ反対運動から手を引くよう迫っていたことが分かった。

 公権力を使った強要行為ともとられる事態だが、直接寺側に接触した県側の幹部は発言内容を認めながらも「問題はない」と強弁している。

(写真は鹿児島県いきち串木野の鎭國寺境内から見た『冠嶽』の山頂)

 
宗教法人の認可権ふりかざした公社幹部
 昨年9月、鹿児島県の第3セクター「鹿児島県環境整備公社」の専務理事と県環境林務課廃棄物・リサイクル対策課の参事が、同県いちき串木野市にある高野山真言宗の「冠嶽山鎭國寺頂峯院」を訪れた。

 対応した住職らに対し専務理事らが申し入れたのは、県が薩摩川内市川永野で建設を予定する産廃処分場への反対運動を止めることだった。

 処分場建設に疑問を投げかける寺側と、問答無用で建設を強行しようとする専務理事らの話は平行線をたどったが、この途中、専務理事が次のような発言を行なった。
(注・以下、寺側が専務理事らの同意を得て録音したやり取りから、問題の箇所を起こしたもの)

専務理事:これは理事長(注・鹿児島県環境整備公社の理事長の意)の方からですけれど、ご住職をはじめ役員の方々が、私どもとしては妨害の行為ということをですね、そういうことに参加される、あるいは信者の方をマイクロで動員されるということがありますと、行政としては宗教法人としての本来の活動としてちょっと問題があるのではないか、と。

寺側:宗教法人に対してそういう圧力をかけるんですか?

専務理事:私どもは公社ですので、それはまた所轄行政の方で。

・・・中略・・・

寺側:今の話は録音していますよ。

専務理事:いいですよ。私どもは公社として所轄行政庁の方にそういったことは問題がないのかということも伺いながら進めていかなければいけない。

 鎭國寺は、昭和61年に鹿児島県から宗教法人の認可を受けており、県が所轄庁ということになるが、発言主の専務理事(公社の事務局長も兼任)は県の派遣職員なのだ。また、専務理事は「これは理事長の方から」と断っているが、公社の理事長は鹿児島県の副知事である。
 
 つまり、処分場建設工事に異を唱えるなら、県として宗教法人の認可を見直すことになるぞ、と言っているに等しく、「強要」との批判を受けてもおかしくない発言だ。

 16日、電話取材に応えた専務理事は、あくまでも「公社としての発言」と逃げを打つが、録音されていることもあって発言内容については否定しなかった。
 
 「妨害」、「安全の確保」といった言葉が何度も出るが、そもそも反対運動を招いたのは、不透明極まりない処分場の建設計画と、権力をかさに説明を求める地元住民や寺側の声を圧殺したことが原因。
 しかし、その点に関する指摘に対しては何の反省もなく、「行政機関としてやるべきことをやっている」と言い張る県側の姿勢を、理解しろというほうが無理だろう。
 鎭國寺側が、裁判も辞さずという構えであることは言うまでもない。 
 
 県民の声を無視する伊藤祐一郎知事の狂った県政に対峙する「鎭國寺」とはどのようなお寺なのか、改めて同寺の縁起を紹介しておきたい。
 
「冠嶽山鎭國寺頂峯院」
 紀元前3世紀、秦の始皇帝に仕えたとされる「徐福」が、不老不死の妙薬を求めて日本に来たという。
 いわゆる徐福伝説は、北海道から九州までの日本各地に残されているが、鹿児島県いちき串木野市と薩摩川内市の境に位置する「冠嶽(かんむりだけ)」は、徐福が冠を納めたことが口碑に残る霊山である。
 
 山の中腹にある「冠嶽山鎭國寺頂峯院」は、蘇我馬子が紀州熊野権現を勧請し、その別当寺として興隆寺を建立したことを起源とし、室町時代に現在の名称になったという高野山真言宗の寺である。
 
「丸に十の字」と「八咫烏」 薩摩藩・島津家が深く信仰の対象としたことでも知られるが、明治の廃佛毀釈で廃寺となっていたものを、昭和58年に現山主の村井宏彰師が入山、復興を果した。
 境内にある黄不動堂の屋上に、薩摩島津家の家紋である「丸に十の字」と熊野権現の象徴ともいえる「八咫烏」(やたがらす)が並んでいるのは、そうした縁起に由来するのだという(写真参照)。

 この由緒ある寺が、薩摩川内市の住民とともに、産業廃棄物処分場の建設を強行する鹿児島県と戦っている。もちろん、好んで争いの渦中に飛び込んだわけではない。
 管理型と呼ばれる最終処分場の建設予定地が、鎭國寺のある霊山・冠嶽の山麓にあたるのだ。寺側が「はい、そうですか」と了承するはずがない。

 霊峰の自然が貴重であることはもちろん、東嶽、中嶽、西嶽の三山をもって成る冠嶽全体は、薩摩川内市やいちき串木野市の貴重な水源地となっているのである。  
 さらに、処分場予定地の住民自治会も処分場建設に真っ向から反対しており、こうした人たちが鎭國寺を中心に反対運動に立ち上がるのは当然のことだった。

住民の声、無視する伊藤県政 
 問題は、これまで度々報じてきたとおり、産廃処分場の許認可権者である鹿児島県が、地元住民をカネと力でねじ伏せて迷惑施設の建設を強行するという狂気の沙汰を演じていることだ。

 薩摩川内市の処分場建設をめぐっては、県職員を大量に動員し、地元住民らを弾圧したり、HUNTERの情報公開請求を拒否するなど、常軌を逸した県政運営の実態が明らかになっている。

 鹿児島県ではこのほか、鹿児島市内の松陽台地区における県営住宅建設をめぐって、住民の意見を聞かずに計画を決定するなど、伊藤県政の強権振りが際立つ。


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中津市とか行橋とかなにげに線量が高いのは ちょっと不気味だなあ。
簡単だからヌカヅケ毎日たべようね。
日本の乳酸菌の力で体内の善玉細菌のパワーをあげよう。