ヴェルディア軍の諜報に入れば、いつかこんな日が来てしまう。
──わたしは、どこかで期待していたのかもしれない。 本部からの呼び出しで、今日、直接辞令を受けた。
ノルヴィックにある砦近辺での異常を先行調査せよとのこと。 この件は、十中八九、特異体質を持つアグニス小隊が派遣されるはずだ。 
あの小隊には、ヴィクトリアがいる。 辞令を受け、思案していると──ふと、昔のことを思い出した。
 ノルスティア山脈の深い森には、
北方から流れ、住み着いたエルフの集落が複数ある。 帝国はほとんどが人族で構成されているが
その地域は多民族にはある程度は寛容な歴史を持つ。 全世界の種族が集まるという、あの水神祭に由来があるからなのかもしれない。 それに因んで少数ではあるが、魔族以外の多種族が、各地に点在しており、そこはそんな集落の一つだった。
 寛容と言えば聞こえは良い。 
──だが現実には、差別も区別も、確かに存在している。 ここの人族は、他の種族に対しては遠慮こそすれ、
嫌悪をあからさまにするような態度は、あまりとらない。 しかし、エルフがハーフエルフに向ける感情は違う。

それは、他種族への偏見よりも、もっと深い、ドス黒い恨みのような色を持つ視線。 
純血を汚されたというプライド、同族嫌悪。
いや、彼らにとってわたしは、同族ですらない。
忌むべき存在、語り継がれる“忌子”の類なのだろう。 
ふと何処からか、無邪気な子どもの声が、耳に入ってくる ──「半端者は村から出ていけー!」 
気になって声のする方に向かってみると 小さな火の輪が、地面に描かれていた。
その中心に、エルフが一人、立たされている。
薄い金髪。尖った耳。
彼も、どこか私に似ていた。きっと同じなのだろう。 の子どもたちがその中心に注目しているが、
彼らの目には子供の無邪気な眼差しはなかった。 「おまえの耳、片方だけ変なんだよ」
「どこから来たんだよ、森のくずれもの!」 わたしは、それに声をかけなかった。
その子がこちらを見ないように、ゆっくりと視線を外し気がつくと、わたしも外側”に立って見つめていた。
 誰かから助けられたところで、それが解決策になるわけではない。 わたしの場合は──
視察に通りかかった、ノルスティア当主と娘である彼女のおかげで、
一時的には、被害を避けることができたように見えただけだった。 だがそれは、
恵まれ、愛され、
何不自由なく過ごしてきた者からの、
持たざる者への“施し”にすぎなかった。 純血以外を嫌う同族からは忌子扱いされ、
人からは、哀れみをもって抱かれた。
まるで、愛玩動物のように。 ……実際は、同情や本人たちの優しさから来ていたのかもしれない。
けれど、わたしの中には、
半分エルフの──あの、腐った高飛車な血が流れている。 理解していても、納得できない腐ったプライドが体に染み付いているのだ。 もはや、これは“業”と呼ばれるものなのだろう。
• 今のわたしには、何もない。 すがるとすれば──
たとえ、どのような道を選んだ者たちであっても、
偏見なく、
ただ同一の“何か”を目指せる場所がほしかったのだ。 ……あるいは、それを“ほしい”と思わされていたのかもしれない。 気づけば、その名前も、姿も、もう思い出せない。
けれど、あの日の夢だけは、ずっと焼きついている。 灰のような風が心の隙間に吹いていた。 
誰のものとも知れぬ声が、囁いた気がする。 「あなたは、間違っていない」 目が覚めたとき、わたしは、涙を流していた。
理由は──今も、わからないまま