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15年前、SPEEDは
シゴトではなく部活だった!?
「もし変な人が来たら、自分の身を守るためにおのおの逃げようね」
SPEEDがまだ名前もないとき、初めて東京に行く機内で4人でこうして打ち合わせをしました。スタッフの誰かが空港まで迎えに来てくれることになってい たのですが、私たちはまだ子どもでしたし、迎えにくる人が男性というのも緊張しました。あれから15年が経ちますが、本当にいろいろなことを経験させてい ただき、ずっと充実したシゴトを続けています。
私は人前に出るのが苦手で、授業中に手を挙げて答える、そんなこと決してできない子どもでした。父がもっと積極的になれるようにと、新聞で見つけた映画 のオーディションに「行ってこい」と言われ応募したのが小学校3年生のときでした。オーディション自体は「ああ、もう確実に落ちたな」と子ども心にも分か るくらい散々な結果だったんですけど、その会場がのちに所属するタレント養成所だったんです。
そこで真剣に踊るお姉さんたちに圧倒され 「沖縄にもこんなにカッコいいお姉さんたちがいるんだ。テレビの中は遠くないんだ」と実感しました。思えばそれが きっかけでしたね。だからSPEEDを結成してからもマネージャーさんが「おシゴトをしているわけではなく、夢に向かっているのよ」と言ってくれていたよ うに、始めはシゴトという意識より、SPEEDという部活をしている感覚に近かったかもしれません。放課後にみんながそれぞれの部活動をしているように私 たちにはSPEEDがある。名前をもらってデビューして、自分たちのオリジナル曲ができて、そうして徐々にシゴトという感覚が生まれていったというのが正 しいかもしれません。シゴトってやればやるほど奥が深いです。歌手として歌うこともひとつの演技といえますし、でも歌を歌うのは自分の内面を伝えること で、演技をすることは自分でない誰かになりきること。でもそういう複雑な事実が、それぞれのシゴトにいい刺激を与えてくれて表現の幅を広げてくれます。音 楽もお芝居もいい関係とバランスで続けていきたいですね。
『恋谷橋』公開と
故郷・沖縄への想い
「故郷(ふる さと)」が大きなテーマの映画です。主人公の朋子は私と同世代なんですが、彼女は東京でのシゴトでリストラに遭って故郷に帰ります。それっ て実はすごい勇気だと思うんですよ。故郷を飛び出すときは若さがあるし、夢や目標、未来もあるから意外とできる気がします。でもそれを閉ざされた時、夢や 目標を捨てきれないでいる中、故郷に帰るという選択をする…、故郷に戻り原点に立ちなにを感じるのか、スクリーンの中ではひとりの女性の人生であるけれ ど、それは誰もが一度は感じるような共通の思いなのかもしれません。
私自身も煮詰まったり原点に戻りたいときは、時間があればすぐ飛行機に乗って帰省します。沖縄には音がたくさん溢れていて、朝は近所のおじいちゃんが鳴 らす三線(さんしん)で目が覚める。そういう当たり前の日常はやはり心地いいですね。帰省できなくても沖縄のことを思い出す、それだけでリフレッシュした りチャージできるからやっぱり故郷のパワーってすごいです。映画の中で「ここが故郷だよね」というセリフがあるんですけど、言うというより噛みしめるとい う感じに近いものです。観てくれたかたもそう感じつつ、自分の故郷と重ねて比べてくれたらうれしいですね。
デビューから15周年
ソロ活動の難しさと楽しさ
10代前半からシゴトを始めて、今年で15年になります。人生の半分以上シゴトをしていて、東京にいます。本当に刺激的な日々でした。SPEEDとして は、ライブをつくるためにツアーの打ち合わせが1日6時間なんていうのもよくあって、正解も不正解もない中でいろいろな意見を受け入れながらディスカッ ションをする。そのドキドキワクワクを通してSPEEDの進む方向を決めるのは楽しいですね。
そのぶんソロ活動を始めた頃は、怖くなっ たりもしました。同時にいかにメンバーに助けられていたかを改めて知りました。だからこそソロでは責任感を感じ ます。でも、怖さと難しさがある反面「良かったよ」と声をかけてもらったときのうれしさも大きいのでやりがいがありますね。ただ、小さな頃からいろいろな ことをしてきたけど、結局は性格上、好きじゃないと続かないんですよ。そういう意味では歌やダンス、シゴトを今もまだやっているということは、好きなんで しょうね。まだまだシゴト、続けると思います。楽しいですから。






