元旦の初詣は、例年通り代々木八幡宮へ。

極々私的日記
いつもの人気の無い境内も今日は長蛇の列。

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両側に貼られた付近の小学生の書初め作品を眺めながら順番を待つ。
みんな上手。振り返るとshibauraは本当に書初めが嫌い(苦手)だった・・・
書初めが無いから社会人はいいなあ(笑)

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茅輪をくぐって、拝殿へ。
今年1年の無事を祈ってきました。
YOUNG BLOODS
(1985年)
作詞:佐野元春
作曲:佐野元春
唄:佐野元春

静かな冬のブルースに眠る
この街のニューイヤーズ・デイ
大地に果てしなく降るモーニング・ライト
いつの頃か忘れかけてた 荒らぶる胸の想い
アクセルためてルーズな空 見あげる
鋼鉄のようなWisdom
輝き続けるFreedom
願いを込めて ここに分けあいたい
Let's stay together oh together
冷たい夜にさよなら
その乾いた心 窓辺に横たえて
ひとりだけの夜にさよなら
木枯らしの時も 月に凍える時も
いつわりに沈むこの世界で Oh yeah Oh yeah
君だけを固く抱きしめていたい Ay Ay

鋼鉄のようなWisdom
輝き続けるFreedom
願いを込めて ここに分けあいたい
Let's stay together oh together
冷たい夜にさよなら
争うばかりじゃ 人は悲しすぎる
ひとりだけの夜にさよなら
今 この想いが君に響けば
冷たい夜にさよなら
いつの日も 君は
冷たい夜にさよなら
争うばかりじゃ 人は悲しすぎる
ひとりだけの夜にさよなら
今 この想いが君に響けば
冷たい夜にさよなら
いつの日も 君は心軽やかにSteppin'(Steppin'now)
ひとりだけの夜にさよなら
今 この想いが君に響けば


Youtube動画

毎年新年を迎え、元旦の夜明けを待つ頃、心の中でこの歌が鳴り響く。
shibauraは佐野元春の曲が好きだ。
「声に出して読みたい日本語」著者の斎藤孝(明治大学教授)は佐野元春についてこう書いている。
「ポジティブな構えというと、僕はミュージシャンの佐野元春を思い出す。
佐野元春のアルバムに「No Damage」というのがある。
このアルバムにインタビューが載っていて、「アルバム・タイトルの"No Damage"
という言葉に託そうとしたものは何なのですか」という質問があって、
彼はこう答えている。
「ひとつの意志。その意志というのは、たとえば、諦めないぞというような気持ちだとか、
あるいは、いまはこうだけれど、次は違うといったような、そんなポジティブなフィーリング。
なんていうか、いまにもダメージを受けそうな状態にあるのに、なんとか頑張って崖っぷちに
立ち尽くしている、とでもいったような、そんな感じなんだ。僕は希望を込めて
「No Damage」というタイトルに決めた」
僕は、これを読んでから、何かプレッシャーがあるごとに、この「No Damage」という言葉を
繰り返して、自分の言葉の一つにした。
佐野元春の構えは、いつも「知的かつポジティブ(積極的、肯定的)」だ。
知的だけどネガティブ(消極的、否定的)な人は多いし、ポジティブだけど知的じゃない人も多い」


確かに知的だけどネガティブな人は多いし、ポジティブだけど知的じゃない人も多い。
「知的かつポジティブ」な姿勢こそが価値のある存在なのだ。
shibauraもそんな人になりたいと思う。
この曲の「鋼鉄(はがね)のようなWisdom、輝き続けるFreedom」というフレーズには、
そんな姿勢が強く凝縮されていると思う。


新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

今年の年越し蕎麦は神田やぶそばで。
創業明治13年の名店で、作家池波正太郎が通ったことでも有名だ。
この界隈の老舗ではまつやのほうが好きなのだが、今年はなんとなくやぶへ。

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年末は相変わらずの行列。45分ほど並んだ・・・

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酒の肴は天たねわさびいも

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せいろうを2枚。
注文すると帳場のほうから聞こえるおかみさんの「せいろおおおう、にいまああいいいい」
という掛け声もとてもよい。

そういえば江戸っ子は蕎麦を食べるときに、見栄を張ってそばちょこのつゆに
ほんの少ししか蕎麦を入れないと言われる。
江戸っ子が死の直前に「せめて、死ぬ前にそばをどっぷりつけてくいてぇもんだ」と言った
などという小噺があるくらいだ。
これについては池波正太郎がこんなことを書いている。
「そばのつゆにしても、ちょっと先だけつけてスーッとやるのが本当だと思うけど、
これだって一概には言えないんだ。つゆが薄い場合はどっぷりつけていいんだよ。
ちょっとつけるというのは、どっぷりつけたら辛くて食べられないからちょっとつける。
例えば東京の「藪」のそばなんかは、おつゆが濃いわけだから、全部つけられないわけだよ。
だから先にちょっとつけてスーッと吸い込むと、口の中でまざり合ってちょうどよくなるわけ。
(中略)
そういうことを言うのは江戸っ子の半可通と言ってね、ばかなんだよ。冗談言っちゃいけない、
本当の東京の人は辛いからつけないんだ、無理してつけないんじゃなくて」
確かに神田やぶそばのつゆも少し濃い目かもしれない。

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店内はすでに正月モード。

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お土産は生蕎麦まんじゅう(^-^)
毎年12月30日は仕事納めの特別な日。
1年間お疲れ様でした!!!
今年は随分頑張りました・・・(^-^)
明日は蕎麦食いにいくぞっ!!!!
今月は休日出勤が続いている。
気付くとまだ1日も休んでいない。
休日の夜、会社を後にするとまわりの人ごみにぎょっとする。
丸の内のイルミネーションを見に、カップルや家族連れが集まっているのだ。
丸の内といえば、以前は正真正銘のオフィス街で、休日は実に閑散としていた。
最近ではお洒落なレストランやブランドの店が増え、めっきり観光地となっている。
以前の古い旧丸ビルの建物や人気の無い休日の風景を懐かしく思う一方で、
最近の綺麗で元気な丸の内も嫌いではない。

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創建当時の姿へ改修中の東京駅丸の内南口。
「平民首相」原首相の暗殺現場の碑がひっそりと残っている。

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丸ビルと新丸ビル。
そういえば一時期ここで働いていた・・

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丸の内ホテルからの眺め。遠くに見えるのは東京ビルとグラントウキョウサウスタワー。

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イルミネーション。サンタの格好をした自転車タクシーが走っている。

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休日の仕事帰りの「きじ」。
昼は12時前に出れればよく行くけど、夜は恐ろしく混んでいるので滅多に行かない・・

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ここではいつも「スジ焼」と「もやしそば」と決めている(というかそれ以外殆ど食べたことが無い)。
戸隠からの帰り、長野市内の善光寺に寄った。

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懐かしい善光寺の参道。

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子供の頃、随分道が広く感じていたが意外に狭い。
観光客で非常に賑わっていた。

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忘れもしない参道の仏壇屋さん。
今から約三十年前の小学校1年生の図工の時間、この店の前に座り込んで絵を描いた。
なんとそのときモデルになった青い頭の仏像も健在?

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六地蔵。すごく懐かしい!

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三門は、小学校当時見慣れていた檜皮葺きになっていた屋根が、
平成19年の大改修を経て創建当初の栩葺きに改められていた。

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頭が良くなるように(?)いっぱい煙を浴びてきた。

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善光寺の本堂(国宝)。
古くから庶民に親しまれてきた無宗派の寺(天台宗と浄土宗の別格本山ともなっている)。
本尊の阿弥陀三尊像は、欽明天皇の時代に百済の聖明王から献呈された日本最古の仏像とされ、
寺の住職ですら目にすることはできない絶対の秘仏。
武田信玄の手により甲府へ、織田信長の手により岐阜へ、豊臣秀吉の手により京都へと、
時の権力者により移されることもあったが、秀吉の死の直前にこの地に戻され、
江戸時代には善光寺参りがいっそう盛んになるなど全国的に信仰が広まった。

そういえば、昔は家族みんな年賀状を版画で作っていて(プリントゴッコが出てくる前)、
父親がしばしば善光寺を題材に使っていたのを思い出した(^-^)
冬が来た
高村光太郎

きっぱりと冬が来た
八つ手の白い花も消え
公孫樹の木も箒になった
 
きりきりともみ込むような冬が来た
人にいやがられる冬
草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た
 
冬よ
僕に来い、僕に来い
僕は冬の力、冬は僕の餌食だ
 
しみ透れ、つきぬけ
火事を出せ、雪で埋めろ
刃物のような冬が来た


最近この詩を息子に教えて貰った。
聞けば幼稚園で暗誦しているのだという。
なるほど刃物のような冬は、きっぱりとしていて孤高なのだ。
とてもいい詩だと思う。
うずら家では迷わず「大権現盛り」を注文。

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大権現盛りは2人前?の超大盛り。shibaura好みだ。

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舞茸の天ぷらが美味しい。どうしても舞茸の天ぷらが食べたかったのだ!

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蕎麦を食べたあとの蕎麦湯は人生で最も至福の時だとしみじみ思う。
この瞬間のために夜中に東京から車を飛ばしてきたのだ。
秋、といえば新蕎麦の季節。
急にどうしてもうずら家の蕎麦が食べたくなって、
11月の3連休の真ん中の日、夜明け前の関越道をひたすら飛ばした。
目指すは信州戸隠高原。
途中佐久平PAで休憩すると夜明け前の空気がひんやりと寒い。
長野ICで下りて、朝早く人通りの少ない長野市内を通り抜ける。

善光寺を通り過ぎると、shibauraが小さい頃一時期住んでいた地区も。
長閑な風景が懐かしい!


戸隠バードラインを走ると飯綱高原の玄関、大座法師池に。


ここは小学生の頃、よく家族で週末に遊びに来ていた懐かしい場所。
夏はアスレチック、冬はスキー。
確か小学校の遠足ではここまで歩いてきた。
(東京の小学校ではあり得ない距離・・)


長野市内はまだだったが、ここまで登ってくると紅葉も本番だった。


長野市内から約30分程度。ようやく戸隠神社の中社まできた。


目指すうずら家は中社の大鳥居の脇のこちら。
普段は10時半だが、本日は10時開店とのこと。
みな開店前から入口の紙に名前を記してひたすら待つ。
開店後に来ようものなら2時間~3時間は待つようだ。


店の横には柿が干してあった。


待っている間に戸隠神社を参拝。
三国志
宮城谷昌光著


ついに!!!!
宮城谷昌光氏の三国志を読み始めた。
文庫本化を待っていたのだ。何年この日を待っていたか。

shibauraは自他ともに認める三国志フリーク。
小学校5年生のときには吉川英治の三国志を読み、
NHKの人形劇三国志を見て育ち、
高校生・大学生のときは登場人物を諳んじ(もう殆ど忘れたが)、
正史や演義、様々な小説家の書いたバージョンを読んできた。

そして大好きな宮城谷版。
これまで春秋戦国を語ってきた宮城谷さんが、
脂っこい三国志をどう料理するのか正直興味あった。
一巻、二巻を読みましたが・・・
やはり正史をベースにした淡々とした語り口は変わらない。
これがとても心地良い。
(逆に今話題の映画で興味を覚えて初めて三国志を読む人には最も不向きか)

三国志を「四知」で有名な楊震から語る。
宮城谷さんらしい。
ネットでの評価をみると冗長と感じる人が多いようなのだが、
父祖の代からじわじわと語るのが宮城谷さんの真骨頂なのだ。

宮城谷三国志を、
仕事帰りに閑散とした終電の車内で読む。
風呂上りの寝る前にベッドで読む。
最近の至福の時だ。