●「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」少年A
◆神戸連続児童殺傷事件 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/神戸連続児童殺傷事件
耳まで切り裂かれた土師淳くんの口には、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」名の犯行声明文が挟まれており、その残虐さと特異さからマスメディアを通じて全国に報道された。6月4日に犯人から第二の犯行声明文が神戸新聞社に郵送され、報道はさらに過熱。
犯人‎: ‎当時14歳の中学生
負傷者‎: ‎3名
死亡者‎: ‎2名
概要‎: ‎少年による連続殺傷事件
 
◆神戸連続児童殺傷事件23年 土師淳君の父・守さん手記全文
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202005/0013366449.shtml
2020/5/24 03:00神戸新聞NEXT
 神戸連続児童殺傷事件で、小学6年の土師淳(はせじゅん)君=当時(11)=が亡くなってから24日で23年となるのに合わせ、父親の守さん(64)が報道各社の求めに、心境をつづった手記を寄せた。守さんは、加害男性(37)に遺族に対する手紙を書くように求め、犯罪被害者に対する支援の拡充を改めて訴えた。(村上晃宏)
 全文は次の通り。
     ◇
 この5月24日は、淳の23回目の命日にあたります。あの事件が起きてからもう23年も経過したのかという感慨はありますが、私達の子どもへの思いは替わることはありません。
 今年も現時点では、加害男性からの手紙は届いていません。以前からお話ししていますが、加害男性に何故私達の次男の命が奪われなければいけなかったのか、と私達は問い続けています。彼には、私達のこの問いに対して答える義務があると思いますが、そのためには、自らが犯した犯罪に対して真摯に向き合う必要があります。私達に手紙を書くという行為は、そのための重要な手段ですので、私達が手紙を受け取るかどうかとは関係なく、書くべきだと私は考えています。
 この1年の間にも本当に胸が痛むような悲惨な事件、事故が起こっています。これらの被害者の方々へ支援が十分に行き届いているのかについては心配しています。私で力になれることがあれば、協力させて頂きたいと思っています。
 一昨年に解散した全国犯罪被害者の会(あすの会)の活動により、犯罪被害者を取り巻く環境は大きく改善しましたが、まだまだ残された課題は多いと思います。あとを引き継いだ「つなぐ会」や他の被害者団体の力だけでは、残された課題の改善は難しいことが多いと思います。支援団体や地方公共団体の方々と協力しながら、改善を進めていくことが重要となります。今後も、私が出来る範囲で被害者問題の課題について訴えて行きたいと思います。
 令和2年5月24日 
土師 守
【神戸連続児童殺傷事件】1997年2~5月、神戸市須磨区で小学生5人が襲われ、3月に小学4年の山下彩花ちゃん=当時(10)=が、5月に小学6年の土師淳君=同(11)=が殺害された。兵庫県警は6月、当時14歳だった中学3年の少年を殺人などの容疑で逮捕した。少年は関東医療少年院に収容され、2005年に退院。守さんには04年から成人した加害男性の手紙が届くようになったが、男性は15年、遺族に無断で手記を出版。18年から守さんに手紙は届いていない。
 
◆碓井真史
新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)/スクールカウンセラーオーサー 報告
子供が子供を殺す。それは、最悪の事件だ。事件の動機は恨みでも金でもない。これは、世界の犯罪史に残る稀な事件である。
元少年は、いわゆるワルの非行少年ではない。しかし、幼い頃から問題行動は多発し、幼い彼は悩み、医療にも繋がって診断名も出ていた。しかし、誰も事件を止めることはできなかった。
「この事件は長期的に継続された多様で漸増的に重症化する非行の最終的到達点」と精神鑑定書は語る。ある刑事は彼に語ったという。「もっと早ように捕まえてやれんで、悪かったのう」。
極めて稀なケースを防ぐことは難しい。しかし悲劇は防がなくてはならない。仮に少年にも死刑があったとしても、事件は防げなかったろう。元少年は当時、自分は死刑だとも考えていた。命を大切にする教育も、無力だったろう。

    極めて稀だが可能性はある。教育医療警察司法の関係者が、そう考えて、問題少年に関わり、最終到達点の到着前に彼らを止めたい。
  
これほど加害者側が残虐的尚且つ挑発的でゲームのように自分が犯した犯罪を楽しんでいたのに、
未成年だという事だけで加害者が守りに守られた事件でした。
私はこの加害者と同県で同じ歳ですが、
当時は犯人が自分と同じ中学生だった事にただただ衝撃を受けました。
事件後加害者の家族が逃げるように自分達の住む地域に引っ越してきたという噂が一気に広まって、
誰?苗字は??名前何て言うん?といった感じで、
地元での情報合戦が凄かったです。
あの頃は何も思わず考えずただただ少年って誰なん?の興味だけで探ったりしてましたが、
自分も大人になり親になった今、
この事件を振り返ると被害者のご遺族の苦しみは言葉では言い表せない程だと感じます。
今、自分が被害者の親の立場としてあの事件を振り返るだけで怒りで震えそうな気持ちになります。
 
少年法の趣旨は尊重されるべきと思うが、少年だからと言って全て当てはめることはしないルールをつくる必要もあるのではないか。
いつだったか、加害者が手記を書いて金儲けしたことが報道されていたが、手記を出す場合の氏名公表もセットで議論されるべきと思う。
  
あれから23年も経つのですか。当時『勤務先の病院の入院患者さんにさえも気を使われていることが辛い』とおっしゃっていたのが、今でも忘れることができません。色々考えましたが、どんな言葉をかけても虚しく響くだけになることかと思われます。淳君のご冥福をお祈りします。
 
◆「少年A」を産んだ母親の悲しすぎる思い 息子に「生きる資格」はあるのか
https://president.jp/articles/-/29559
2019/08/07
少年Aが実の息子だと知った両親は何を思ったか。逮捕後、面会に行くなり浴びせられたのは「帰れ、ブタ野郎」の言葉。それから両親は手記『「少年A」この子を生んで……』の出版を決める。本のタイトルをつけたのは母親だった――。
 
◆神戸連続児童殺傷事件から18年、手記を発表 あの酒鬼薔薇聖斗はここで生きている  本人がついに答えた  週刊現代  講談社毎週月曜日発売
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/43843  2015/6/23
97年に起きたあの事件は、日本人の脳裏に深く刻まれている。「普通の中学生」がどうしてあんなに酷いことを―その疑問に、本人がついに答えた。彼の言葉を読んで、あなたは何を考えるだろうか。
32歳になった「元少年A」
〈脱衣所の扉を閉め、内側から鍵をかけると、ぐしょ濡れの衣服を脱いで洗濯機に突っ込み、全裸になった。手提げバッグの中のビニール袋を開き、淳君の頭部を取り出して脇に抱え、磨硝子の二枚折戸を押し開け、風呂場に入り、戸を閉めると、そちらも内側からスライド式のロックをかけた。この磨硝子の向こうで、僕は殺人よりも更に悍ましい行為に及んだ〉
'97年2月から5月にかけて、当時14歳だった男子中学生が児童を次々と襲い、山下彩花さん(当時10歳)、土師淳君(同11歳)の尊い命を奪って3人を負傷させた「神戸連続児童殺傷事件」。
酒鬼薔薇聖斗を名乗った元少年Aが、日本中を震撼させたあの事件から18年という長い沈黙を破って6月11日に発表した手記『絶歌』が、大きな波紋を広げている。
 
◆少年Aは、更生していない - iRONNA 『月刊正論』 2015年8月号
https://ironna.jp/article/2950
門田隆将(ノンフィクション作家)
Aは、何が書きたかったのか。
 私は、太田出版から発売された酒鬼薔薇聖斗こと「元少年A」の手記『絶歌』を読み終えて、そのことが頭から離れなかった。
 あれほど無惨な犯罪を起こした人間が、世間に何を問おうとしているのか。そして、そこに書かれているのは、果たして真実なのか。
 私には、肝心かなめの「核心」が書かれていないこの本に、さまざまな疑念と感慨が湧き起こった。
 自己陶酔と自己顕示欲。読み終えた私に、この二つの言葉が浮かんできた。しかし、賛否両論の中、同書は初版十万部に続いて、五万部の増刷が決定された(六月十八日時点)。それは事件の遺族が「本の回収」を求める中での出版社側の“強行策”にほかならなかった。
 私が「本に書かれていない」と言う「核心」とは何か。
 
◆酒鬼薔薇聖斗こと元少年Aの現在 - NAVER まとめ 更新日: 2017年09月12日
https://matome.naver.jp/odai/2144295937686120701
神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)とは、1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生(以下「少年」と表記)による連続殺傷事件。 別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。この事件で、2名 ...
 
◆友達は日本中を震撼させた少年Aだった。瑛太の狂演に度肝を抜かれる/映画『友罪』特別映像
65,216 回視聴  2018/05/31  https://youtu.be/_CktxZpjnGs
moviecollectionjp
チャンネル登録者数 127万人
「64-ロクヨン-」瀬々敬久監督 渾身のヒューマンサスペンス
その問いに、答えはあるのか。
生田斗真×瑛太 主演
元少年Aは、“悪人”なのか?それとも…
瑛太の“狂演”に日本中が震撼!!
『友罪』衝撃映像公開!
江戸川乱歩賞を受賞しデビュー、その後も数々の賞に輝くミステリー界の旗手・薬丸岳が2013年に発表し、神戸児童連続殺傷事件を彷彿とさせ話題を呼んだ「友罪」(集英社文庫刊)の映画化。『64-ロクヨンー前編/後編』(2016)での大ヒットも記憶に新しい瀬々敬久監督待望の最新作『友罪』(ゆうざい)が5月25日(金)より公開となった。
生田斗真、瑛太を主演に、佐藤浩市、夏帆、山本美月、富田靖子と日本映画界を代表する名優が集結した本作で描かれるのは、かつて世間を震撼させた事件を起こした少年Aの“その後”と、周囲の人々の葛藤――。それぞれの過去と現在が絡み合い、疑心や後悔に囚われた様々な人間模様が交錯し、やがて人間存在の謎に満ちた深みへと導く、慟哭のヒューマンサスペンス。
この度、絶賛上映中の本作から、キャリア史上最も困難な役といっても過言ではない、
元少年犯役を演じた瑛太の怪演が光る、特別映像が公開となった!
瑛太の渾身の狂演に、生田斗真、覚悟の競演。
 「心を許した友が、かつての凶悪事件の犯人だったら…。」ある町工場で働き始めた、元週刊誌ジャーナリストの益田(生田斗真)と、他人との交流を頑なに避ける鈴木(瑛太)。共通点は何も無かった二人だが、同じ寮で暮らすうちに少しずつ友情を育ててゆく。そんな折、彼らが住む町の近くで児童殺人事件が起こり、世間では17年前に日本中を震撼させた凶悪事件との類似性が指摘される。当時14歳だった犯人の少年Aはすでに出所しており、その後の行方を知る者は少ない。果たして今回の事件も彼の犯行なのか…。驚きと疑問に突き動かされ、ネットに拡散していた少年Aの写真を見た益田は愕然とする。そこにはまだ幼さの残る鈴木が写っていた――。
重厚なテーマをはらむ物語に加え、“血の通った”リアルなキャラクター像をそれぞれ見事に体現した主演の生田斗真、瑛太の熱演が光る本作。中でも、瑛太扮する社会復帰した元少年A・鈴木の演技には、公開直後からSNSを中心に「ゾッとする程の怪演」「瑛太の演技が凄すぎる…」「瑛太、代表作を更新!」「鳥肌もの」「度胆を抜かれた」「怖いほどの凄味」など、連日絶賛の声が止まない。今回公開された映像は、そんな瑛太が“文字通り”の怪演ぶりを見せつける衝撃的なシーンが詰まった内容に。寮でバッドを振り回し、顔面を殴られても笑い続け、終いには自分を殴れと石を手に取り、相手が躊躇すると「しょうがねーなぁ!!」と自らの頭を殴りつけ…。常識では測れない奇怪な言動の数々には恐ろしさを感じる一方で、益田の前で時折見せる笑顔からは周囲の人間と変わらない、温かみのある優しさをも感じさせる。果たして、本当の鈴木はどんな人物なのか。映像は、無表情で水路に横たわる鈴木と共に、「“悪人”なのか?それとも…」と意味深な言葉で締めくくられる。
メガホンをとった瀬々監督曰く、瑛太は「役者というより、パフォーマー。演じるというより、身体表現に近い」。拭いきれない罪と共に生きる鈴木に全身全霊で挑んだ瑛太は、「映画を通して、観てくれた方に“何を与えたいのか”についてはすごく疑問があった」と、これまでにない苦悩を抱えたという。それでも、「どんな役でも愛して演じていきたい」とし、鈴木に自身の想いを重ねていった。
そんな瑛太の渾身の“狂演”と、己の罪と闘いながら、友として鈴木に寄り添う「受けの芝居」に身を投じた生田斗真による覚悟の競演。互いを信頼する二人がスクリーンで勝負する、“本気のぶつかり合い”をぜひスクリーンで確かめてみてほしい。
 
◆【現場から、】平成の記憶、「酒鬼薔薇」事件捜査一課長が語る
94,934 回視聴  2018/12/12  https://youtu.be/CZmoMNsPzGI
TBS NEWS
チャンネル登録者数 17.9万人
平成を象徴する事件や出来事を掘り下げるシリーズ「現場から、平成の記憶」。12日は平成9年に起きた神戸連続児童殺傷事件です。当時、捜査の指揮を取った捜査一課長が、初めてテレビカメラの前で語りました。
(JNNニュース 12月12日放送)
 
◆【現場から、】平成の記憶、平成最悪の“通り魔”~捜査幹部初証言
78,773 回視聴  2018/12/25  https://youtu.be/UqmU9E6sw4o
TBS NEWS
チャンネル登録者数 17.9万人
シリーズでお伝えしている「現場から、平成の記憶」。今回は平成最悪の通り魔事件、秋葉原連続殺傷事件です。逮捕された男の不可解な言動とは。警視庁の元幹部がカメラの前で初めて証言しました。
(JNNニュース 12月25日放送)
 
◆秋葉原通り魔事件 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/秋葉原通り魔事件
秋葉原通り魔事件(あきはばら とおりまじけん)とは、2008年(平成20年)6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。7人が死亡、10人が重軽傷を負った。警察や裁判所、報道、更に犯人自身からは主に秋葉原無差別殺傷事件と呼ばれている。
攻撃手段‎: ‎2tトラックではねる; ナイフで刺す、切る
場所‎: ‎日本・東京都千代田区外神田; (秋葉原)
日付‎: ‎2008年6月8日 (日曜日); 12時30分 (‎日本...
死亡者‎: ‎7人
負傷者 10人
犯人 加藤 智大(かとう ともひろ、1982年9月28日生まれ、犯行当時25歳)
動機 電子掲示板でトラブルを起こした相手へ心理的攻撃を加えるため
対処 警視庁(本部捜査一課・万世橋警察署)が逮捕・東京地方検察庁が起訴
刑事訴訟の結果、2015年に死刑判決が確定(未執行)
 
◆加藤智大の生い立ち【秋葉原通り魔事件】 - NAVER まとめ
https://matome.naver.jp/odai/2137473015179980301
2016/05/27
秋葉原通り魔事件は、2008年(平成20年)6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で加藤智大が起こした通り魔事件である。7人が死亡、10人が負傷した。
 
◆「秋葉原連続通り魔事件」そして犯人(加藤智大)の弟は自殺した
 齋藤 剛  2014/4/24  https://gendai.ismedia.jp/articles/-/39034
「兄が母のコピーなら、僕はコピー2号。でも、僕は兄と同じことはしない」—。弟は悲痛な叫びを残して、みずから死を選んだ。大事件のあと、加害者家族を待っていたのは、拷問に近い日々だった。
生きる理由がない
「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。
死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」
そう語った青年は、その1週間後、みずから命を絶った。彼の名前は加藤優次(享年28・仮名)。日本の犯罪史上稀にみる惨劇となった、秋葉原連続通り魔事件の犯人・加藤智大(31歳)の実弟だった。