2014年1月17日生まれの女の子

柴犬ココン

2025年12月5日、虹の橋を渡りました


このブログを完結しようと思います

記録用です


約5年前ほど、ココたんは次々と病気にかかりました、歯茎が腫れ自分の細胞を自分で壊してしまう病気、背骨の病気、心臓病

直す方法はなく、対処療法で治療していくしかありませんでした


世奈を産んで4ヶ月、私は産後うつにかかりました

ココたんは世奈が産まれてからしばらく、実家に預かってもらっている状態でした。


世奈が一歳になる少し前、産後うつによる影響で自殺未遂をしました

そこから夫婦関係がギクシャクし始め、家を買ってココンと再び一緒に住み始めましたが、世奈が3歳になる目前、離婚しました


私と世奈はアパートに引っ越し、ココたんは再び実家に預かってもらうことになりました

ココンと一緒に暮らしたのは、ここで最後になりました


離婚してから3年、元夫と再び再婚することになりました

結局私は1人で子供を育てていく自身も度胸もありませんでした

ココたんは実家で既に寝たきりに近い状態になっていました


こまめにココたんに会いにいっていましたが、突然私の身体に変化が起き、ここ単に触るとくしゃみ鼻水が止まらなくなり目の粘膜が腫れ上がるようになり、結果、犬アレルギーと診断されました


新しい家も買い、本来ならココたんを迎える環境も整ったいましたが、世奈も動物アレルギーがあるので再び招き入れることはできませんでした


年月が過ぎ、父からココたんがご飯を食べなくなったと告げられました

先代犬はご飯を食べられなくなってから1週間程で亡くなってしまった為、そろそろ覚悟しといた方がいいと言われました


流動食を持ってココたんに会いにいくと、ココたんは流動食を私の手からすごい勢いで食べてくれましたし、吠える元気もありました


きっとしばらく流動食を食べながら元気に過ごしてくれるだろうと思っていたのですが、父曰くそれが最後の食事だったそうです


ココたんが亡くなったと父から連絡を受け、夫とすぐ会いに行きました

亡くなったばかりで、身体はまだ暖かかったです

不思議と涙は出ませんでした

2025年12月5日、11時30分頃亡くなったそうで、最後は父が看取ってくれたそうです


最後に大きく2回深呼吸をし、それがどんどん呼吸が弱まっていったそうです


夕方になり、パニックになったように涙が止まらなくなり声を出しながら泣きました

最後だけでもココたんと一緒に過ごしたいと思い、

実家からココたんを連れて帰ってきました

もうココたんの身体は固かったです


家に連れて帰り、綺麗にシャンプーをして、伸び切った爪を切りました

ブランケットに包み、蜂蜜の匂いがするスプレーをかけて2晩私の寝室で一緒に過ごしました




私がココたんと過ごした最後の写真です

部屋中に蜂蜜の香りが漂っていました


霊園は先代犬がいる場所と同じにし、共同墓地に入れることにしました

ココたんは寂しがりやな性格なので、個別にお墓を作ることはやめました

先代犬と仲良くしてくれたらいいな、と。


住職さんに、良いお顔をして亡くなっていますね

この子は幸せだったと言って貰えました

最後のメッセージ


愛をくれてありがとう、行ってらっしゃい

と、木の札にメッセージを書き、花束と一緒に抱えながらココたんは火葬されました

見送る時の気持ちはとても辛かったです

夫も一緒に泣いてくれました


骨になったココたんを見て、特に涙が出ることはありませんでした

なぜか分かりません

納骨の作業に意識を集中していたせいなんでしょうか


お線香をあげ共同墓地に遺骨を入れ、本当に最後の別れとなりました

先代犬の遺骨も同じ場所のどこかに眠っています


同じ屋根の下で一生を共にすると誓った約束は全然守れませんでした

ココたんは幸せだったでしょうか?

もし、私の元じゃなく誰か違うお家の子になっていたらもっと幸せだったのかなぁと考えてしまいます


答えはきっと見つからない


ただ、ココたんと一緒に過ごした最後の2晩、私はとても幸せでした

ずっと一緒にいられなかったから


ココたんから見たらどうかわからないけど、私はココたんと出会えて幸せでした

愛をたくさんありがとう

行ってらっしゃい


柴犬ココンはこれでおしまいです

もうこのブログを見てる人はいないでしょうが

このブログを完結させたいと思い記録に残しておく事にしました