3月29日、東京に雪が降った。都心でも積もるほどの雪。

1週間後の今日、ニュース番組が、

「東京で桜の開花後に雪が積もったのは、51年ぶりのことです」

と報じた。

4月1日に雪が降った記憶があるけれど、あの年は、4月1日に桜はまだ咲いてなかったのかな…、それとも、雪は降ったけれど、積もらなかったってことかな…。

再度、ニュースを確認してみると、間違っていた。

 

「桜の「満開後」に東京都心で雪が「積もった」のは51年ぶり」

 

記憶は、半分は正しいけれど、半分はいい加減だ。

 

外出自粛を要請されている都民にとっては、いい雪だなあ…。

3月29日、雪を見ながら、僕はそう感じていた。

テレビは千鳥ヶ淵を映していた。水面と、雪と、桜花と菜の花。

きれいだな。

天気は悪いけれど、この映像を見ていると、なぐさめになる。

降雪のおかげで、外出しないことへの納得もできる。

 

10年くらい前の2月に、桜と菜の花と雪を河津で見た。

たまたま河津へ桜を見に行った日が、大雪だった。

駅から川ぞいをとぼとぼと歩いて宿に向かった。雪のなか、だいぶ花が開いた早咲きの桜並木のあいまに、黄色い菜の花が咲いていた。

翌日は、晴れた空に、積もった雪と桜色の花と、黄色い菜の花が映えていた。

 

「さいた さいた さくらが さいた」

小学校一年生の国語の教科書のはじまりは、本当にこれだったのだろうか?

桜の花を見るたびに、思い出す文章。

10代、20代のころには、春になると、この疑問が頭を離れなくなった。

 

小学校の最初の頃、教科書を開いたら、桜の花のイラストと、絵にのせるように印刷された文字があったことを。ぼんやりと覚えている。その文字が、分かち書きになっていた記憶もある。

でも、そこに書かれていた内容は、覚えていない。

 

その後のテレビ番組や、誰かとの会話で、小学校一年生の国語の教科書のはじまりは、

さいた さいた さくらが さいた

だったと、主張する意見をたくさん耳にした。

 

人と会話をしているときに、

「この記憶、後日、刷り込まれてしまった偽の記憶かなあ…」

と疑いたくなることがある。

ある年齢までは、それがいやで、頭を検索し続けていた。

でも、もともとあいまいな記憶だから、検察したところで、結論は出ない。

あるときから、記憶の真偽が、そんなに大切か? と踏ん切りをつけて、頭の片隅においやるようになってしまった。今となっては、それがよかったのかどうか、かなりあやしいけれど。

 

ただ、教科書の「さくら さくら さくらが さいた」の記憶については、少し理由がちがう。

当時と季節が大幅にずれてしまったから、もういいや、と思ったのだと思う。

教科書で習う最初の文章として、今では、成り立たないから。

 

小学校一年生の教科書が、この文章から始まるとしたら、僕が子どものころ、桜は、4月上旬に開花し、満開を迎えていたはずだ。

6歳の小学校の入学式に、桜が咲いていたかどうかは憶えてないけれど、その後の成長過程で、アニメやドラマで、入学式と桜はしばしばセットで表現されていた。

 

ところが、今では、卒業式とセットだ。

卒業ソングとして有名な「さくら」の歌もいくつかあり、桜は3月に咲く花と思われている。

さくらと卒業式が重なるようになったのは、21世紀になってからだろうか?

どのあたりの世代から、桜=卒業式、があたりまえ、なのだろう。

 

東京の気温が一年を通して高くなる前から、僕は、「冬の温かさ」を感じていた。

大学の頃、ラグビー場で試合を見ていた記憶には、つねに寒さがつきまとっている。コートを着ても震えていることが多かった。

大学卒業後も、ラグビー場に足を運んだ。卒業後、数年から10年くらいたつ頃から、昔みたいに寒くなくなったよね、と話すようになった。

 

その頃から、桜の開花も早くなったのだろうか。

もう一度、いろいろなニュースを読んでみた。

雪の記憶のある4月1日の記事には出会わなかったけれど、1988年には4月8日に、都心で9センチの積雪があった、らしい。

「え、なんか間違ってるんじゃない? 1988年は、51年前じゃないでしょ?」

と思うかもしれない。

でも、この年の桜の満開は4月11日で、4月8日は、「桜の満開後の積雪」にはあたらない。

 

1988年の桜は、入学式にさえ満開になっていなかったのか…。

この年は、異例なほど寒い年だったのかもしれないけれど、それでもこの30年で、ずいぶん季節は、ずれている。

 

今朝10時ころに家を出た。近所まで歩いていった。

よく晴れていたし、すでに暖かかった。

家を出てすぐの路地にも何人もの人がいた

100メートルほど歩くあいだに10台以上の自転車が走っていった。自転車にはもってこいの気候だ、風を切っても寒くない。こんな天気を待っていたんだろうな、と思った。

普通の土曜日の朝よりずっと多くの人が出ているようだった。

今日も自粛要請があったから、電車に乗らずにこのあたりで過ごそうという人が、散歩に出てきているのかもしれないと感じた。

 

桜の花もまだ残っている。

ソメイヨシノの発祥の地を抱えるこの区では、あちこちに桜並木がある。

2週続けての外出自粛要請の日にも、桜は残ってくれている。先週は雪、今週はぽかぽかで晴天。今年の桜は長いなあ…。

そう思いつつ、名残りの桜が、ほんのちょっとごほうびっぽく思えた。

何のごほうび?

本当に何だろう? 

以前のように、4月の暖かく晴れた休日に、花をたくさんつけた桜を見られること。

そのことそのものが、ごほうびに思えるのかもしれない。