障がい者支援アルバイトのことだ。彼らを家まで送る帰りの車内でのことだ。

そこまでお互い楽しく、まるで親友のように接することができていた。

 

彼らの個性(特性)を認めてそれに合うかかわりを。

彼らが特別扱いなしだと不適応、ではいけないので標準的な感覚も備えながらのかかわりを。

そして私自身に向けて、「自然な自分」でのかかわりを。

 

それが私の支援の姿勢だ。

 

かかわりの中で、どうしても彼らの不適応が目に付いてしまうことがある。これは当然の感覚で、これまで見過ごせる者がいるなら、その人はむしろ彼らを「障がい者だから…」と下に見ているのではないか。私からすれば、不適応を不適応と認める勇気だって、彼らの特性を見抜くのと同じくらい大事なものだ。

 

話が逸れた。

今日私が出会った自分のよわさについてここに置いていこう。

 

彼らはケンカしていた。それも片方が一方的なものだ。私にとって、自分の後ろでその様子を聞きながら「それが彼らなりのコミュニケーションだ」と自分に言い聞かせて見過ごすのは、かなりのストレスだ。だんだんエスカレートしてケンカになる。そして、攻め手が頭を叩き散らかしたことで、受け身の方がメガネをなくす。それを攻め手の方が「なくしたのか。自分がわるいぞ。さがせ!」と胸倉を掴みながら言っている。車内の座席の下を探しても見つからない。「自分がわるいぞ。よくさがせ。」と攻め手。この時点で、攻め手の子の焦りに、私は気付いていたはずだった。

 

私が介入し、明かりを照らす。攻め手の子に「少し下を見てくれないかな。協力してあげてよ。」と持ち上げながら言うと、攻め手はシートベルトを外し、座席の下にかがみながら一生懸命探してくれた。そしてメガネが見つかった。攻め手の子が座席の「上」だった。攻め手がふんでいたのだ。攻め手はまだ座席の下を一生懸命探している。

受け身の子の手にメガネが渡るまでも、攻め手の子による非難は止まらなかった。「見つけたぞ。ありがとうは?おまえがわるいんだぞ。」これが攻め手の子の必死な自己弁護だと私はかなり分かっていた。

 

受け身の家に着き、家族に引き渡した後、攻め手は私の隣に座り直した。

攻め手の子にとって、次は車に乗る前のように私と親友のように話をするはずだっただろう。それがどうも雲行きがおかしい。なにか不自然に饒舌だなあ。居心地がわるい。座り方について文句を言ってきた。(座席の上にあぐらをかいていたのだ。これは今思えば、私の様子にプレッシャーを感じ、なおかつ足下にかばんを置いていて足を出しづらかったのかもしれない。)話を変えてもはぐらかしてまともに答えてくれない。ん?、ふざけんなだって?そうだよそう思ってるよ。え、これまでのはやっぱり冗談じゃなくて冗談めかした糾弾だったのか。こわい。「もういいわ。話さない。顔合わせたくないから向こう見るわ。」

 

これが攻め手の子にとっての受け身が帰ってからの車内での一部始終だろう。私はあの子の所業を「最終的」に糾弾した。そのつもりはなかったのだが。

その証拠にケンカしたことについては糾弾の材料に用いていない。それは事実だ。そして糾弾したのは「椅子の上であぐらをかいていたこと」だけなのも事実だ。しかし、私のとっても、あの子にとっても、糾弾の対象がそれのみではなく先の事件も含まれていることは薄々感づいていた。

 

あの子にとっては一番ふれてほしくなかっただろう。当事者だけの場ならあれだけ自己弁護的な口撃はしなかっただろう。明らかに車内にいる私を気にしていた。あの子が「まずいことをなった」と感じないほど馬鹿ではないことを私は知っていた。私はあの子の個性を知っていた。

 

あの子は私の話す言葉が纏う糾弾のオーラを感じていた。自分に落ち度を感じていたとしたら、より一層感覚は鋭くなっていたことだろう。これを正面から受ければ自分の心はひとたまりもない。心のよわさと言われればそれまでだが、まだそこまで人間ができていないのだ。よし、話を逸らそう。こんな標準的な、障がい者でなくとも普通の子どもどころか大人だって抱えているであろう心のよわさを、私は突き殺そうとした。

 

なにより、そのときの私は明らかに「自然」でなく、その目、様子、言葉の組み立ては、親しみの皮をかぶり切れていない断罪者だった。

 

私は分かっていた。にもかかわらず、支援の姿勢は簡単に無視できた。あの子を分かっていたことが重大だ。あの子のことを分かっていない者なら、私のしたことを罪に問うまい。分かっていたからこそ、私は自分の姿勢を無視したことになるのだ。

 

さらに、もっと言おう。

姿勢を無視して、「糾弾」をとったこと自体がおかしいのだ。それは、問題の解決をあの子自身の自省に求めたことに他ならない。これが教師を志す者のすることだろうか。(いや、こうしている教師は多いかもしれない。自分が「その子がうまくできる」ように環境を整えたり、代案を示す力量がないことに気付かずに、自省や本人のみの力での解決を「叱り」に託す教師。これを自覚していない者も多くいるだろうが。)

私が気付いた。自分が「あの子がそうならないための解決案」を見いだす力があの時点でなかったことに。だからこそ糾弾を選んだということに。

なんということだ。自分の力のよわさをあの子のよわさにすり替えてあの子に伝えてしまった。それを得意げに話す私の姿はどれだけ断罪者ぶっていたことだろうか。想像もしたくない。

 

読者の方とこれを読み返すいつかの私のために、改めて述べておく。

ここで私がとった行動は極めて標準的で一般的なものだ。普通だ。糾弾といっても「足乗せるのはダメなことです。これを直せない人は知りません。」的なあっけないものだ。私が書いたようなここまで自分に絶望するような事態ではない。

それでも、そんな小さなやりとりの中に、何者かの手によって自分の足を引っ張られたような感覚を感じたから、あえて書きとめただけだ。なんとなくこれが積み重なれば、自分が変わってしまうような気がしたから。そうなった時、また今の自分の感覚を思い出せるように、戻ってこれるようにここに書きとめただけだ。これを見ても、この苦悩の意味が分からないと感じるようになってしまっては脱出は手遅れかもしれない。(描写が拙く分かりづらいので、私以外の読者にとって当てはまるとは限らないが。)

自分のよわさを見過ごすようになってしまったあなたへ、健闘を祈る。