男の刑事さんが2人来た。

女の人じゃなくて大丈夫か聞かれたと思う。

でも、その人が何かしたわけじゃないから大丈夫と答えた。



そこから、いつから始まったかとかどんな事されたか、直近でいつあったか事細かに聞かれた。

2人とも子持ちのお父さんで、許せないって言って怒っていた。



話してる間、何も感じなかった。

いつからか心を殺してしまったから、感情がよく分からなくなっていた。

お昼ご飯とか飲み物とかも、近くのコンビニで買ってくれた。

とても親身になってくれたと思う。



それから、何回か通ったと思う。

時には検事さん?とも話して、お菓子もらってまた話をしたり、どういう風に襲われたかとか指差しして写真撮ったりもした。

あ、産婦人科にも行ったしDNAも採取したと思う。



思い返せば、多分ずっと無表情だったと思う。

それ見てみんなどう思ってたんだろなぁ………



色々必要な書類とか物的証拠とか揃ったからか、とうとう逮捕しに行く話がきた。

自分がパートに行ってる間に家に行くらしい。

怖くなった。

抵抗したりするのかな?

帰ったら何言われるのかな?

そっちが怖くて帰るのが嫌だった。



そして、父親の居なくなった家に帰ってきた。

母親からは色々言われた。

まだこっちの準備終わってないのに………とか、まだ小1だったかな?妹がいるんだけど、妹から父親を奪ったんだから責任取りなさいとか………



意味分からないよね?

何で、自分が責任取らないといけないの?

春くらいに手紙書いたのに、全く助けてくれなかったじゃん!

何もしてくれなかったじゃん!

だからこうなったんだよ!!!

でも言えなかった。

全部、全部………

言いたいことは飲み込んで押し殺して謝った。



そして、やっと解放されたはずだった………

なのに自分はおかしくなった。

地獄は終わったはずなのに、まだ続いていた。

その日から始まった地獄は、かなりの頻度であったと思う。



思うとしか言えないのは、その過去があるのは分かっているのだけれど、はっきりと記憶されてないからだ。



学校に行く前だったり、寝ているところをだったり他の家族の目がないところで、度々行われた………

その度に、早く終わらないかな、もう嫌だと思っていた。

それは、高校に上がって卒業した後も続いた。



その間、私は一切誰にも言えないでいた。

こんな事言えるわけがないし、ましてや自分は要らない人間だ。

聞く耳も持たないだろうし、助けてもくれないだろう………そう思っていた。



高校を卒業した時、仕事を始めたら減っていってなくなるのでは?と淡い期待も持った気もする。

しかし、そんな事はなく行為は続けられた。





そんな中、やっと見つけた仕事。

慣れないながらも、頑張って覚えようと必死だった。

そして初給料………初めて携帯を買った。

それで自分の世界が広がった。

ネットを通じて色んな人と会話をした。

メル友もできたし、初めての彼氏もできた。遠距離だった。



のめり込む自分に対して、父親は容赦なく携帯を取り上げた。

自分で買って自分で払っているのにも関わらずだ。

唯一の逃げ場だった世界を取り上げられて、自分も黙ってはいない。

何度隠されても、見つけ出していつか逃げ出せることを夢見た。



そしてとうとう、当時の彼氏に相談することができた。

何て言葉を掛けられたか忘れたが、それがきっかけになり、事態は大きく進むことになる。



唯一の友達で親友だった子に、やっと話しをすることができた。

その子は、すぐに仲の良い補導員さんに相談しようと言ってくれた。

でも、自分は怖かった。

知られれば何をされるか分からなかったからだ。



渋る自分にとりあえずでもと、説得されてその補導員さんに会うことになった。

話を聞いた補導員さんは、警察に行こうと言った。

でも、大事にしたくなくて嫌だと言った。

多分、そう言われるのは分かってたのだろう………話すだけでもいいから行こうと言われ、渋々行くことに決めたように思う。



そうして、刑事課の人と話すことになり仕事が入っていない日に、補導員さんと一緒に警察署に向かう事になった。

改めて、自分の過去を振り返ってみようということで、重い話題になってしまいますが誰かの何かになればと思い、遅筆ながら書いていこうと思います。


生まれてから4歳で腹膜炎になって、入院するまではとっても手のかからないいい子だったらしいです。(親の話)


そこからは、忘れ物はする・なかなか起きれない・整理整頓はできないetc………

それ以来、両親共にウチのことは役立たず・出来損ない・疫病神など言うようになりました。

おねぇちゃんなのに、なんでできないの?

姉だからと言って、なんでも出来ると思わないでいただきたい………


オマケに、この家族・親戚の中で珍しく?周りを優先しがちな性格で、自分のことは後回しにしがちで先生からも注意されていたようです。

そこは今でも変わらず、自分を蔑ろにしがちなので気をつけていきたいと思います。


良く怒られ、叩かれ………褒められた記憶も、抱きしめられた記憶もない、そんな幼少期を過ごしてきた結果、今思うと小3くらいには鬱になっていました。

その頃から、希死念慮が始まりました。


何しても怒られるので、嘘を吐くようにもなりました。

この頃は、まだ反発する気力もあったので良く衝突してましたね………


そして、中学に上がる前の春休みに妹が出来たことを唐突に報告されました。

嬉しかったけど………これから色々ありました。


中学では、遅ればせながら吹奏楽部に入り家にいる時間を減らし楽しめるものを増やしました。

小学生の頃から本もいっぱい読んで、空想の世界に逃げるようになりました。

妹の子育ても手伝いながら、何とか惰性ではあったものの日々を過ごしました。


ところが、2年生のある日お前の部活に出せるお金はないと退部を迫られ、楽しかった部活を辞めさせられました。

そして、3年の時に弟が中学に上がり弟は最初から部活に入ることができました。

理不尽だと思いました。





ここからは、とても重たい話になるので耐性のない人余裕がない人は戻ってください。









中3の夏休み………地獄が始まりました。

弟は夏休みの部活。母親は弟の部活の当番で、妹と共に学校に。

その日は、父親は仕事が休みで朝から大好きなF1の中継を観てた………はずだった。


ふと、後ろの方に座っていた私を振り返ると足を引っ張って引き寄せ、押し倒されてしまった。


何事かと困惑していると、体をまさぐりだし彼氏いるんだろ?とか聞いてくる。

見た目は普通以下だと思っているし、実際居なかったので居ないと答えた。

それでも、初めてじゃないだろとか言いながら手を止めない。

嫌だったから、身じろぎしたりしたと思う。

でも、殴られたらと思うと抵抗はできなかった。


そうして、私は初めてを実の父親に奪われてしまった。

確か最後にだったと思う。

誰かに言ったら、家を追い出すと言われた。

居場所のない家だったが、ご飯を食べれて寝れる場所なんて他にある訳もなく、追い出されると困るので相談できないと思った。


そして、何事もなかったかのようにその日を過ごした。




とりあえず、今日はここまで。

長文なのに読んでくださりありがとうございました。