ようやく生活が落ち着いてきたので久々にブログ。


この地震のことを忘れないためにも。






3月11日、私は研究室にこもって作業。


地震が起きた時もパソコンの前に座ってました。


最初は小さな揺れ。


あ、地震だーくらい。


でもいつもと違って結構長い。


しかもどんどん大きくなってる…。


急いで部屋のドア開けに行ったら、向かいの研究室のものがものすごい揺れて、どんどん落ちてる。


これはやばいと思って、初めて机の下に隠れました。


そしたらすぐものすごい揺れに。


机の上のものは全て落ちてくる。


研究室のロッカーは倒れる。古いプリンターは落ちて割れる。


停電。ものが倒れるものすごい音。


ホントに死ぬかと思った。とにかく崩れないでーって感じだった。


でも意外と冷静に去年耐震工事終わったばっかだから大丈夫なはず!とか


明日から旅行の予定だったけどこりゃいけなくなるなーとか考えてました。


揺れが落ち着いて、机の下からすぐに出て、上着来てかばん持って部屋を出て。


机の上にあった私のパソコンは本立ての下敷きに…


パソコンにはUSBさしっぱ…


あとで助けに戻ろう、とりあえず今は逃げよう!と部屋を出ました。


廊下にでると4階にいた他の院生や先生も出て来てて、みんなで2階、そしてペデにでました。


みんな何があったんだって顔。震えてる人もいた。それくらいこわい揺れだった。


ペデを見ると、コンクリート盛り上がったり、結構壊れてる…しかも余震来た!


みんなで1階におりて陸上競技場へ向かいました。


陸上競技場には大学にいた学生、院生、先生が集まって結構な人でした。


みんな何があったかわからず、そのまま飛び出してきた人も多くて携帯なし、上着なし状態。


私もうちにいた彼に電話したけどつながんない!


メールはなんとかできたから家族&彼には連絡取れて一安心。


ネットで震源とか調べてびっくり。震度6って!


しかもまた余震。でっかいの。でも外にいるとあんま感じなかった。


たまたま出会った知り合いの先輩は実家が宮城で、しかも携帯持たずに逃げてたため


私の携帯は先輩へ貸し出し。


でももう電話は全然つながんない…。


そんな状態でひたすら1時間くらい陸上競技場にいました。


でも大学にいるときでよかったなーとつくづく思いました。


ひとりのときだったらどうしていいかわかんないし!


みんながいてよかった。


だいぶ余震もおさまったので、家に戻りました。


うちの状態見るの怖かったけど、意外と無事でした!


台所は結構もの落ちたけど、なんもわれてなかったし!


部屋は低い家具しか置いてないので全然大丈夫。


しかも1階だったしね。ホントらっきーでした。


一緒にうちに帰った友だちんちは3階だったためめちゃくちゃだったらしい…


ひとりでいたネコが完全にびびっちゃって布団から出れなくなったって…


余震が続く中、とりあえず3人でうちのテレビみてると、信じられない光景。


家が流されてた。ものすごいスピードの津波だった。


何が起きてるのか全然実感できなかった。


そうこうしてたら近所にいた後輩がひょっこりきて、


と思ったら、天3停電しちゃってるんで電気貸して下さいと天3に住んでる後輩が来て


うちは避難所状態でした。


幸いうちは停電もなくガスも使えて水も出てました。


暗くなって、とりあえずコンビニへ。


そしたらものがなんもない!


あんなにものがないコンビニはじめて見た…


何件か回って、結局ゲットしたのは袋ラーメンとカップラーメン。


帰って断水に備えてお風呂に水ためて、ペットボトルに飲み水確保しました。


友だちんちのネコもうちに避難してきて、その日は余震に備えて準備をしてから寝ました。


とりあえず地震の日はこれで終わり!

昨日は修論コンクールがありました。


行けるとこだけ聞きに行ってきました。


自分と違う分野の発表を聞けることはめったにない、ってか今回くらい?


だったので、貴重な経験でした。


感じたことは、伝えることの難しさ。


すごくいい研究してても、伝わらなければ意味がない。


一部のその分野に精通してる人にしかわかんないんだったら、


何のための研究なんだろう。


研究ってやっぱ実践とか現場のためにあるんじゃないかって思うから、


そういう場にいる人にもわかるように研究の意義を伝えなきゃいけないよね。


自分のこの研究はどういう問題意識から始まってて、どういう意図があって、


こういう的確な手順を踏んでやってて、得た結果からこういうことが言えて、


結論としてこんなことがわかった、さらにこれがわかることでこんないいことがある。


それをわかりやすく伝えることができて初めて研究が生きてくるんじゃないかなぁ。


そうじゃないとせっかくの研究がもったいないよ。


どの研究も、研究者自身が苦労して、試行錯誤して、失敗して、考えて、


苦しくてもやり続けて、ようやく導き出した結論だもんね。


ただ、いくらわかりやすくって言ったって、軽すぎるのはやっぱどうかと思う。


講演じゃないんだから、研究としての語りをしっかりやらないと、


それこそわかりやすくを追求しすぎたことで、研究の意義が伝わらなくなってる気がする。


わかりやすく伝えることと研究としてしっかり語ることのバランスが大事なんだろうなぁ。


これからの学会発表とか論文発表では気をつけよう。


昨日のプレゼンは、研究の新奇性や論理性の他にも、


わかりやすさがキーポイントだったような気がします。


表彰された論文もそれがそろってた気がしました。


来年、なんとか出せるといいなー。


がんばらねば!

「体育」とは?


この間2人で議論した。


体育ってなんだろう?


「身体を育てる」?


きっとそのまま読むとこれ。


こう思ってる人が多いんだろうな。


でもある大先輩が言ったことは


「体育」は「身体で育てる」こと。


うん。まさに私が考える「体育」にぴったり。


もちろん心身を育てることは体育の大事な役割だし、


体育の意義であることは間違いないよね。


ただ、やっぱり大事にしなきゃいけないのは、身体で育てるってこと。


じゃあ何を育てるのか。


そこが保健体育教師としての重要なポイントのような気がする。


これって一言では言えないし、いーっぱいあるし。


多分その人の人生観、考え方、全て影響する気がする。


身体で教えなければならないことはたくさんあって、


どれかをおろそかにするんではなくて、


でもその中でも何を大切にするか、これが重要!


そしてそれを授業の中でいかに生徒に伝えていくか。


たった50分。高校は3年間で7~8単位。


ホントに難しいよね。


でも保健体育教師として、そこはやらなきゃいけない。


じゃないと存在意義なくなっちゃうもん。


そのためにも、今できることはぶれない芯づくり。


身体で何を教えたいのか。


その理念とか信念を自分の中にしっかりと形作ること。


もちろんそれを伝える術として指導方法とかもすごく大切になるけど、


今、大学院生としてやるべきことは理論構築なんだろうな。


それは修論にも通じるとこだし。


「教員は現場に出て学ぶのが一番」


そりゃそうだろう。教員やってる両親が言うんだから間違いない。


でもホントに一番なのかな?


だって両親は院に行ってないんだから知らないじゃない。


だったら私が選んだこの道が一番だったって言えるようにがんばらないと。


そのためにも今できることがんばろう。


まずはレポートかな(笑)