今は昔、鎌倉駅のホームで、ある人物を見かけた。おや、知った顔だ、親戚のおじさんだっけ? 私は近づいていき、彼の正面に立った。紋付はかま姿だ。とても小柄だ。顔色が悪い。ほとんど黄色だ。頬骨が飛び出ている。全体の印象は、正装した日本猿といったところだ。私は顔を近づけていった。その途中で、相手が、川端康成だと気がついた。私の顔が眼前に迫っているのに、目の焦点が私に置かれていない。私を突き通して、私の後方はるかな虚空を見ていた。五秒、十秒。変化なし。生きながらにしてもはやこの世の人ではなかった。
皇后陛下妃殿下時代に、軽井沢にあった川端の別荘を、お忍びで訪れたことがあった。並べて書くのは皇后様にお気の毒であるが、私の母も、女学生のころ、川端邸を訪れたことがあるという。はるかな虚空を見ているように語ったものだ。
「黒くて高い塀をめぐらしたお屋敷だったわ」
塀の内側で、何を話し、何をしたかは、私はあえて訊ねかなかった。
筒井康隆を見かけたことがある。あるパフォーマンスの会場でだ。学生の私は、受付まがいのことをしていた。すると、胸を張って、ゆっくり大またに歩きながら、筒井がやってきた。顔が真っ赤だ。目がうるんでいる。相当酔っている。随分と太ってしまっていて、美男子の面影はかすかに残るに過ぎなかった。やあ、来たな、などと、私は話しかけた……
コンビニで山田詠美に会ったことがある。彼女の当時の彼氏である黒人男が、平気で日本人の女客を口説いているので、山田は頭に来て、そばにいた私に、作り笑いも痛々しく話しかけてきた。
三島由紀夫の家に行きそこなったことがある。ある女流詩人が三島に招待されたので、ついてきてくれない、と言ってきた。ところが当日、私は四十度近い高熱を出し、立ち上がるのも不可能となった。彼女は、仲間の男性詩人を急遽代役にして同伴した。
後でその日の様子を詳しく聞いた。三島は恐妻家だそうな。奥様は、客の前であるのもかまわず、身を竦ませる三島をコテンコテンにとっちめたらしい。三島のマゾ性は、家庭で鍛えられたのか。
いやいや、三島は、とっくのむかしに、女房を相手にしなくなっていたのだろう。
皇后陛下妃殿下時代に、軽井沢にあった川端の別荘を、お忍びで訪れたことがあった。並べて書くのは皇后様にお気の毒であるが、私の母も、女学生のころ、川端邸を訪れたことがあるという。はるかな虚空を見ているように語ったものだ。
「黒くて高い塀をめぐらしたお屋敷だったわ」
塀の内側で、何を話し、何をしたかは、私はあえて訊ねかなかった。
筒井康隆を見かけたことがある。あるパフォーマンスの会場でだ。学生の私は、受付まがいのことをしていた。すると、胸を張って、ゆっくり大またに歩きながら、筒井がやってきた。顔が真っ赤だ。目がうるんでいる。相当酔っている。随分と太ってしまっていて、美男子の面影はかすかに残るに過ぎなかった。やあ、来たな、などと、私は話しかけた……
コンビニで山田詠美に会ったことがある。彼女の当時の彼氏である黒人男が、平気で日本人の女客を口説いているので、山田は頭に来て、そばにいた私に、作り笑いも痛々しく話しかけてきた。
三島由紀夫の家に行きそこなったことがある。ある女流詩人が三島に招待されたので、ついてきてくれない、と言ってきた。ところが当日、私は四十度近い高熱を出し、立ち上がるのも不可能となった。彼女は、仲間の男性詩人を急遽代役にして同伴した。
後でその日の様子を詳しく聞いた。三島は恐妻家だそうな。奥様は、客の前であるのもかまわず、身を竦ませる三島をコテンコテンにとっちめたらしい。三島のマゾ性は、家庭で鍛えられたのか。
いやいや、三島は、とっくのむかしに、女房を相手にしなくなっていたのだろう。