十三夜の谷は、凹という字の縦棒を左右に押し広げたような断面を保ちながら、河床勾配1/50、つまり、俯角1.1~1.2度位で下流側へ傾斜している。源泉から溢れ出た湯がこの大きな樋の底をわずかに蛇行しながら流れる。
僕がヘレンを担いで降りてきたのは左側の斜面だ。右側の斜面のほうがやや急で、川筋も谷底の中心線よりかなり右側に寄っている。
視野の前面が湖に向かって奥まり突き抜けていく光景は、写し取れば一点透視図の見本となるほどに優れてパースペクティヴな構図を持つ。
左右の斜面の第一層は、今にも雪崩れ落ちんばかりの礫岩や凝灰岩で埋め尽くされ、所々に肉食恐竜を髣髴とさせるこぶだらけの醜い溶岩塊がそびえ立つ。
第二層には、淡い緑色の草原が広がる。まだらに青紫のアクセントをつけるのは群生する官能のスミレたちだ。蝶や蜂やハナムグリがハタハタぶんぶん飛び交っているはずだ。
尾根にまで達する広葉樹林帯が第三層をなし、連続的な蝉の声と不規則な鳥の鳴き声と突発的な獣の咆哮の音源でもある。
川床と第一層、及び、各層の境界、そして尾根は、立ち昇る陽炎と走る僕の上下動のせいでおぼつかなく律動しながら、正面やや下方のかなたに収斂する。
空に雲はない。日光のレイリー散乱により、一様きわまりなく青い。
僕は施設ニッポン内の、空を模して塗られた青天井を強いられるように思い出し、渓谷全体に蓋をかぶせられたような錯覚へと誘われる。谷の断面も凹の字に横棒を載せたような、やや歪んで上底の広がった台形に見えてきた。青色の天井を持った巨大なトンネルの中を、走っている気分だ。
川床と川辺は黄色、湯水はエメラルド色、川原と第一層は代赭色、第二層は淡緑色、第三層は暗緑色に、個別それぞれ塗り分けられ、おまけに全面に亘って光り輝く陽光のニスで仕上げてある。
真っ青な宇宙と、淡いあるいは濃い緑に染まる生は、眼下の地獄に床面として調和を促し、抽象的で整然とした、だが大胆な構図と色使いの画像を、巨大なトンネルの天井と側面上に実現していた。
実は地獄は、強酸と火山ガスでなにもかも殺菌し尽くそうと企む、凶暴なほどに清潔きわまりない地帯であり、実は生は、無数の種と個体が食いつ食われつの、阿鼻叫喚が止む時は永遠に来ない呪われた土地であり、実は青空は、見掛けだけで、その向こうの暗黒宇宙こそは万物の霧散する墓場であるとしても、それらが澄まし顔で描きあげたこのトンネルアート、嘘の協調、偽善的な見せかけは、凄絶なまでに美しい。
その出口、フンジャリが赴こうとしているヴァニッシングポイントは、立ち昇る湯気が邪魔をして見えない。はるかかなたの湖面が予感されるばかりだ。
トンネルアートは、上下左右の視野の周辺を盗み見ると小刻みに揺れながら後ろへ千切れ去っていくものの、視野の中央やや下に位置するフンジャリに注目している限りは、消失点は湧出点ともなり、同型同色の断面を次から次へと繰り出して来るので、遠近法に則って描かれた絵画のように定常的で安定している。
筒状の通路を辿ったという準同型の記憶が脳内でくすぶり、やがて爆竹のように次々とはじけ始め、頭の中の掌で押さえつけようとしても、不甲斐ないことには、その連鎖をとめられなくなった。脳の一角で点呼の号令が下り、プルターク祝祭日での少年少女たちさながら記憶の断片が列を成して並び、先頭から順に1,2,3,4…と番号を唱え始めた。トンネルが想起のテーマとなったのだ……
――施設ニッポンから川へと通じる暗渠。断面は正確に円を描いていた。連なる継ぎ目がなす等比数列。緩やかなカーヴ。半腐りの有機物の悪臭。仲間たちの無数の足跡。薄明るく浮かび上がった脱出口。そこから覗くオレンジ色の月……
今。砂利や小石が地熱と太陽熱で充分に温まっているために、足裏の傷痕が快感と勘違いするほどむず痒さで疼く。その一方、かかった体重のせいで向こう脛には鋭い痛みが走る。だから、追尾の一歩を踏み込むたびにその右足が、それら二つの感覚でもって、フンジャリに引き離されないようにと焦る僕の足をまさに引っ張る。
あの時も、誰かを追いかけて走った。ハットリだ……
――奇怪な建造物が目の前に立ちはだかった。円の四分の三ほどの弧を描いて地面に突き刺さる円柱。連なるトリイか? いや、山腹を這い上る、蛇の骨格内部だった。そこを走った。外の見物人。歓声、怒号、野次。何本もの手や足が出る。僕は檻の中の珍獣なのか。天井から垂れ下がってくる子供たち。出口にひしめき合う男たちの黒い影……
そして、まさか母親の産道は思い出さないが、この谷と同じようにはての見えない、しかし、真下に向かうトンネルが見えた。
1/50の勾配を視覚や平衡感覚で完全な水平と区別しようとしても無理だ。
水が流れればかなりの急流となるが。あの時は、今とは九十度向きが異なっていた。前方から九十度うつむいた真下方向だった。
めまいに襲われそうだ、と思う間もなく、勾配を表わす分数の分母が急速に減少し、風景全体は燦然たる輝きを一挙に失い、大きく前へ傾いて、凍える海にタイタニックが沈没するかのように真っ暗な底なしの通路と化した。
不思議なほど自制力が弱まってしまっている僕は、甲板、いや川床、を否応なくすべり、思い出に引きずり込まれた。
――やはり、兵士として戦場で死に損なった男を追っていた。脳の中のカウンターが潜水を始めてから二百拍を超えた。僕は、鮎も両生類も潜って来れず、目に見える生物はもう存在しない所に来ていた。逆さに吊るされた僕が真下を仰ぎ見ても、見えるのは暗黒だけだった。方向感覚が狂い、酩酊に陥りかけた。かなたのかなた、ヴァニッシングポイント=彼岸に向って緩やかに沈降していく、ひときわ濃度の高い一点の黒が、かすかに見えた気がした。すでに僕は息が続かなくなりかけていたが、アルルカンの後を追って下りて行きそうになった。タダヨシ、と誰かに背後から呼びかけられたような気がして、なんとか体を反転させて助かったのだ。父だったのか? それともヒトミか?……
今。僕はけつまずいて反転した。今だ。今のことだ。暗黒の思い出から、燦然光り輝く現実に一挙に帰還した。実際背後からから呼び止められたような気がして振り返りかけたからだ。
湯の川に流れ込む細流で仰向けになっていた。青空がまぶしすぎる。暗黒を想起したせいで瞳孔が開いてしまった疑いがある……まさか。今抜け出てきた宴の池へ、流れの冷たさによって再び引き戻されたという錯覚が生じ、行って戻ってまた行ってどっちからどっちへという僕の混乱はしばし収拾がつかなくなった。
うつ伏せになり、落ち着け落ち着けと自らに言い聞かせた。宴の池の、今にも凍りつくほどの冷たさとは比べるべくもないが、湯の川と比べると、はるかに冷たい。甘露の水をむさぼり飲む。
急に冷たい水に浸かったせいなのか、子供の頃にかかった風邪のひき始めの時のような頭痛がする。その上、実に懐かしくも、二回三回と咳が出た。むせてしまった。
細流の右斜め向こう岸で、僕とほぼ同じ姿勢で蹲り、顔面を水際に伏せている、紫がかった褐色の身体を見つけた。眼窩は暗い穴であり、上唇は縮み上がり、黄色い歯と黒い歯茎が丸出しで、水に洗われ洗浄された下あごは骨だけとなり、胴と腕の皮膚は脂肪や肉の介在なしに骨格に張り付いていた。死体だ。飲んだ水を吐きそうになる。
破損していない死体があるということは、孤立したまま死んだということで、食おうとする仲間がいないということだ。だから、もうフンジャリを追う必要はなくなった。
僕はゆるゆると立ち上がり、死体を見ないようにしながら流れを渡り切ると、湯の川の浅瀬に入った。走ってきたせいか、まだ息苦しくて肺が痛い。
フンジャリの亡骸は、頓死の際に痙攣して反りかえった姿勢のまま、うつぶせになることなく、五十歩ほど前方を、右に左に緩やかに回転しながら流れていく。たまにどちらかの向きへの回転が止まらなくなり、こちらが不安になることもあるが、長くは続かず、川床に隠れあるいは水面に突き出た岩に衝突し、周囲に波紋を広げながら反転する……
――翼をばたつかせながらくるくる回転するアヤカ。大河の浅瀬に座り込んだので、雲古か御叱呼かのスタイルが洗練されたかと思いきや、未熟な足ひれで泳ごうと企てて失敗したのだった…… 墓穴に横たわるチャーリーに向かって回転しながら落ちていく赤いキノコ…… 踊るヘレン、回転するヘレン……
ああ、次は回転が想起のテーマか? 僕の目まで回りそうだ。いかん、いかん、明らかに病的だ。
後ろが気になる。これまた病的だ。強迫神経症ではないか。
どうも、背後に、誰かがいるように思う。定常流を保障する水音に、かすかだが不規則な変調音が混じる感じがする。
振り返った。おい、と呼びかけたが返事はない。川面の上に揺らめき昇る無数の白い湯気の柱と、川の中や川原に立ち、天に向かって咆哮しそうな溶岩塊が邪魔をするので、誰もいないとは断定できない。疑わしい上流だ。川に右腕を突っ込んで、石を掴み、最も近くに突き出ている岩の塊に向かって投げつけた。あれっ、とどかない。投げた石が立てた、水面との、その直後の川床との、続けざまの衝突音は聞こえた。川床とのそれは、想像の視覚がもたらした偽の音だったかもしれない。
様子を見になんて来るなよな、とヘレンに言ったのを思い出した。まさか、ヘレンが隠れて見ていやしないだろうな。
ああ、何をしているんだ! とっさに川下を振り返ると、もう、フンジャリはいなかった。きらきら光る水面と立ち昇る湯気だけだ。さらば、友よ、と言う暇がなかった。
フンジャリとは口を利いたことはなかった。川面に倒れるところを見た後は、仰向けに横たわったままの死者であり続けた。訪れるたびに少女ヘレンにチューインガムを土産に持ってきていたということだけが僕とのわずかな間接的つながりだ。男子市民の、少数ではあるがひとつのタイプ、戦争帰りのロストジェネレイションの一員だった。帝国市民たらんと試みながらも重大な抵抗を抱えている僕にとっては、この一点でフンジャリを他者とは思えない。亡骸に付き添ってきたのは、その思いからでもあった。
フンジャリもまた僕の脳に住み着くはずだ。そこで暮らし、思考し、僕と語る。すべてが妄想ではある。彼は自分のではない妄想を糧に生きていくのだ。たとえ、僕を批判し、僕と喧嘩しようと。
死者も含めて、僕の参照できる過去例は、時が経つに連れて確実に増える。その順序と種類が僕を条件付ける。多種多様、通常異常なそれらの例をもしANDでつなげれば、僕はきわめて特異な現象となり、もしORでつなげれば、僕はきわめて一般的な存在となる。
真実は中間にある。僕は、これらふたつ、極端な具体と、何でもありの一般との中間の、どこかに位置付けられる。それどころか、過去例同士は並存するだけでなく噛み合って構造を生む。それがまた、単に物質的な惰性態であるだけでなく、生きものとして変容していく。
しかし、ここで重大な危惧が頭をもたげてくる。過去例の増大豊富化に伴って、今、ここ、を徐々に経験できなくなるのではないだろうか。実際、円筒内を進むとか、回転を観察するとかの構造が、純粋な経験(それがあるとして)に接近する際の障害となっているのではないか。
今日は、朝目覚めてからずっと、夢を見ているような精神状態が続いている。想起がほしいままなのだ。障害が甚大で、現実に集中できないのだ。フンジャリを追って走り始めた頃から特におかしい。なぜだろう……………………
ははあ、やっとわかった。落下した鳥のように、火山ガスの瘴気にやられたのだ。息苦しく、肺がしみるように痛むのも、頭痛も、咳も、その証拠だ。地獄谷は、僕が胸に秘めた魂胆を早くも察知して、あからさまに悪意を実行してきたのか。思い返せば、昨晩の寝入り端にも、硫黄の毒気のせいで白っ子1の幻覚を見ていたのかもしれないという不安に襲われたではないか。子供たちでさえ適応しているこの環境に、僕の体が拒絶反応を示している! 危険だ。Nevermore!
前方に見えない湖面を予感しながら、自分に向けて舌打ち一発、体の向きを変えると、上流に向かって恐る恐る走り出した。
ヘレンと浮舟が三者会談のために待機している。その後、帝国に戻り、夕方までには食料を担って戻って来なくてはならない。出来るのか? 気のせいかもしれないが、なんだかふらふらよろよろしてきたぞ。
瘴気に慣れられるかどうか。身体の訴えに耳を澄まし、症状が進行していくと悟ったら、早々に十三夜の谷から脱出せねばならない。
風景も恐る恐る下流に向かって去っていく。投げた石が落ちたあたりを今通り過ぎた。
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