標準語に合わせようといくらがんばっても変えられない。
ところが、それぞれの土地の方言をしゃべる子供たちを一部屋に集めると、数時間後には、皆、関西弁になる。
この矛盾。
おそらく、後者の場合、一時的な、子供特有の短期記憶の結果なのだろう。
私たちは、都落ちして、地方に暮らしていた。
国文専攻の角田先生は、私の母親に惚れて、あれこれ用事を作ってはうちに来ていた。国語の教科書を読む際に、正確を期するために、アクセント記号を本文の横につけてくれといってきた。母が、アナウンサーだったからだ。母は、念のためと、いちいちアクセント辞典を引いていた。
その、アクセント辞典、どこにいったかな。長らく見ないな。母が死ぬずっと前から見ないな。