どうも、Farmerです。
今回も前回に引き続き、
儒教についてお伝えします。
今回のテーマは、なぜ中国で儒教が多くの人達に受け入れられたのか?
ということです。
もちろん、理由は一つではありません。
・国家が強力な権力を以って粘り強く国民に教えていったから
・保守的な人間にとってみれば、秩序ができるのはありがたいから
・礼儀を身につけて印象の良い人間になりたいから
などいろんな理由が考えられます。
でも、私が思うのは、
当時の中国の国民達に必要とされていたから。
という理由です。
何で必要とされていたのか?
と言えば、
当時の中国には儒教のような考え方がなかったからです。
だって、ない物が必要とされるのは需要と供給の原則から言っても当然ですよね?
誰でも道徳や礼儀を備えている社会だったら、
孔子が、「心には思いやりを持ち、礼儀を以って人に接しよう!」
といっても、
「普段からやってるよ!!」
という答えしか返って来ないわけです。
で、中国に儒教的な考え方がなく、しかもそれが必要だった理由ですが、
おそらく、
今や100年前くらいの中国の生活環境などから予想するに、
今から2000~3000年くらい前の中国の生活環境はひどいものだったからなのでしょう。
人には倫理観がなく、
殺人、窃盗は横行し、
衛生環境も最悪、
街では人々が喧嘩ばかりでうるさい、
そんな状況だったのでしょう。
今の中国も私からしたら衛生環境も悪いし、街はうるさいのですが、
おそらく当時はその比ではなかったはずです!!
当時の衛生環境は、
下水はしっかりと整っていなかったはずなので、
街に糞尿垂れ流し、
豚や馬などの家畜の臭い、
生活やビジネスで出たゴミの臭い
などが街中に充満していて、
考えるだけでも
吐きたいくらいに気持ちが悪い、
不衛生な状態だったと予想されます。
今でも中国の街で喧嘩しているのをよく見かけますが、
2、3千年前は、国民は道徳なんて教わってませんから、
今以上にいろんな喧嘩、いざこざがあったと考えられます。
実際に生活している中国人は、こういう環境に対して満足しているかっていうと
そんなことはありません。
だいたい誰でも
もっと快適に暮らしたい
もっと自分に降りかかる問題が少なくなってほしい
と思っていたはずです。
当然考えますよね?
まあ、これが当たり前の生活だと思っていた視野の狭い人も多かったとは思いますけど。
でも、誰もそんな環境を変えられませんでした。。。
自分が行いを正すっていう考えはなかったのです。
むしろ、
自分だけが行いを正すと損するので、
自分もまたひどい行いをする方向に向いて行った。
(だって親類・友人以外の人間はゴミなわけですから)
というスパイラルに陥っていったと考えられます。
多くの人が潜在的に環境を改善したくても、
むしろスパイラルに陥るっていう環境だからこそ、
・思いやりをもつ
・礼儀を以って人に接する
・人間としての尊厳を持つ
etc
という孔子の理想社会のビジョンに共感した人は多かったはずです。
ということで、前回・今回のまとめ
孔子の理想社会のビジョンは、
当時の中国にはない考え方だった。
(孔子以外にも考えている人はいても、理想社会を作ろうと実践していた人は少なかったはず)
しかも国家にとっても国民にとっても
必要な考え方だった。
そんな風に中国人誰にとってもWin-Winな考え方である儒教は、
中国の状況にとてもマッチしていた。
だから多くの王朝に国教として選ばれた。
なかなかこんなに誰にでも受け入れられる思想はありません。
そこが儒教の凄さだと思います。
今までにない物にこそ価値がある。
ニーズがある物にこそ価値がある。
現在に至るまで政治でも経済でも当然の法則ですね。
今回は汚い話が多くてすみません。
では、今回はここまでにします!
また次回!!
---------------------------------------------------------------------------
ちなみに、
中国の生活環境がひどいっていうのを書きましたが、
じゃあ、なぜ私が中国を好きなのかというと、
(ちなみにインドも同じような理由で好きですけど。)
生活環境がひどいからです(笑)
中国に行くと私の生活スタイルがかなり悪くなるって意味じゃないですよ(笑)
日本人からすればある意味悪くなっているのかもしれないですが(笑)
生活環境ひどいっていうのは、
逆にいえば、
かなり自由なんですよ。
ひどい奴が多いからこそ、
自分は滅茶苦茶悪いことをしなければ、
何をやっても特に問題ないんです。
そういう環境だから、
中国人自身、みんな自分の好きなように生きています。
ちょっとした奇行なんて誰も気にしません。
一方、日本で生活していると、束縛感を強く感じます。
例えば、
特に人を傷つけることではなくても、
空気読むっていう目的のために
これはやってもいいのかな~?
それともやらないほうがいいのかな~?
という迷いが生じます。
その結果、行動できないこととか結構ありました。
空気読むのが得意ではない私がいけないのかもしれないですが、
行動したくても行動できなかったって
かなり人生損してますよね?
大きな機会損失です。
それを考えると、
中国では人を傷つけなければ躊躇なく何でもできます。
だから、日本から中国に行くと開放感が半端ないです!!
なので、ぜひ中国に行ってみてください!!
初めは環境のひどさに幻滅する部分もあるかもしれないですが、
視点を変えてみると良い場所ですよ(笑)
今回も前回に引き続き、
儒教についてお伝えします。
今回のテーマは、なぜ中国で儒教が多くの人達に受け入れられたのか?
ということです。
もちろん、理由は一つではありません。
・国家が強力な権力を以って粘り強く国民に教えていったから
・保守的な人間にとってみれば、秩序ができるのはありがたいから
・礼儀を身につけて印象の良い人間になりたいから
などいろんな理由が考えられます。
でも、私が思うのは、
当時の中国の国民達に必要とされていたから。
という理由です。
何で必要とされていたのか?
と言えば、
当時の中国には儒教のような考え方がなかったからです。
だって、ない物が必要とされるのは需要と供給の原則から言っても当然ですよね?
誰でも道徳や礼儀を備えている社会だったら、
孔子が、「心には思いやりを持ち、礼儀を以って人に接しよう!」
といっても、
「普段からやってるよ!!」
という答えしか返って来ないわけです。
で、中国に儒教的な考え方がなく、しかもそれが必要だった理由ですが、
おそらく、
今や100年前くらいの中国の生活環境などから予想するに、
今から2000~3000年くらい前の中国の生活環境はひどいものだったからなのでしょう。
人には倫理観がなく、
殺人、窃盗は横行し、
衛生環境も最悪、
街では人々が喧嘩ばかりでうるさい、
そんな状況だったのでしょう。
今の中国も私からしたら衛生環境も悪いし、街はうるさいのですが、
おそらく当時はその比ではなかったはずです!!
当時の衛生環境は、
下水はしっかりと整っていなかったはずなので、
街に糞尿垂れ流し、
豚や馬などの家畜の臭い、
生活やビジネスで出たゴミの臭い
などが街中に充満していて、
考えるだけでも
吐きたいくらいに気持ちが悪い、
不衛生な状態だったと予想されます。
今でも中国の街で喧嘩しているのをよく見かけますが、
2、3千年前は、国民は道徳なんて教わってませんから、
今以上にいろんな喧嘩、いざこざがあったと考えられます。
実際に生活している中国人は、こういう環境に対して満足しているかっていうと
そんなことはありません。
だいたい誰でも
もっと快適に暮らしたい
もっと自分に降りかかる問題が少なくなってほしい
と思っていたはずです。
当然考えますよね?
まあ、これが当たり前の生活だと思っていた視野の狭い人も多かったとは思いますけど。
でも、誰もそんな環境を変えられませんでした。。。
自分が行いを正すっていう考えはなかったのです。
むしろ、
自分だけが行いを正すと損するので、
自分もまたひどい行いをする方向に向いて行った。
(だって親類・友人以外の人間はゴミなわけですから)
というスパイラルに陥っていったと考えられます。
多くの人が潜在的に環境を改善したくても、
むしろスパイラルに陥るっていう環境だからこそ、
・思いやりをもつ
・礼儀を以って人に接する
・人間としての尊厳を持つ
etc
という孔子の理想社会のビジョンに共感した人は多かったはずです。
ということで、前回・今回のまとめ
孔子の理想社会のビジョンは、
当時の中国にはない考え方だった。
(孔子以外にも考えている人はいても、理想社会を作ろうと実践していた人は少なかったはず)
しかも国家にとっても国民にとっても
必要な考え方だった。
そんな風に中国人誰にとってもWin-Winな考え方である儒教は、
中国の状況にとてもマッチしていた。
だから多くの王朝に国教として選ばれた。
なかなかこんなに誰にでも受け入れられる思想はありません。
そこが儒教の凄さだと思います。
今までにない物にこそ価値がある。
ニーズがある物にこそ価値がある。
現在に至るまで政治でも経済でも当然の法則ですね。
今回は汚い話が多くてすみません。
では、今回はここまでにします!
また次回!!
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ちなみに、
中国の生活環境がひどいっていうのを書きましたが、
じゃあ、なぜ私が中国を好きなのかというと、
(ちなみにインドも同じような理由で好きですけど。)
生活環境がひどいからです(笑)
中国に行くと私の生活スタイルがかなり悪くなるって意味じゃないですよ(笑)
日本人からすればある意味悪くなっているのかもしれないですが(笑)
生活環境ひどいっていうのは、
逆にいえば、
かなり自由なんですよ。
ひどい奴が多いからこそ、
自分は滅茶苦茶悪いことをしなければ、
何をやっても特に問題ないんです。
そういう環境だから、
中国人自身、みんな自分の好きなように生きています。
ちょっとした奇行なんて誰も気にしません。
一方、日本で生活していると、束縛感を強く感じます。
例えば、
特に人を傷つけることではなくても、
空気読むっていう目的のために
これはやってもいいのかな~?
それともやらないほうがいいのかな~?
という迷いが生じます。
その結果、行動できないこととか結構ありました。
空気読むのが得意ではない私がいけないのかもしれないですが、
行動したくても行動できなかったって
かなり人生損してますよね?
大きな機会損失です。
それを考えると、
中国では人を傷つけなければ躊躇なく何でもできます。
だから、日本から中国に行くと開放感が半端ないです!!
なので、ぜひ中国に行ってみてください!!
初めは環境のひどさに幻滅する部分もあるかもしれないですが、
視点を変えてみると良い場所ですよ(笑)