中日関係は船長の釈放で少しでも緩和していくだろうと思いますが、この争いで一番得になるのは米国だ。なぜなら、中日国民の心に傷つけて両国の関係を崩して行くのは米国の望ましいことだ。
大きな国と小さな国とが隣り合っていました。
2つの国はしばらくの間、平和で何もありませんでした。

2つ国の都からずっと離れた国境を、それぞれの国から派遣された兵隊が1人ずつ守っていました。
大きな国の兵士は老人で小さな国の兵士は青年でした。

国境は特に人も訪れず、2人は仲良くなリます。

うららかな春、国境には自然に咲いた野ばらがありました。
平和で、静かで、音といえば、野ばらの甘い香に誘われたミツバチの羽音だけでした。

けれどやはり国境にも冬が来て、そんな時、老兵士は家族のいる南を恋しがりました。

けれどまた春が来た時、平和だった両国は戦争を始めてしまいました。

小さな国の青年の兵士は、戦争に参加するため、北の方へ行ってしまいました。
独りぼっちになった老兵は青年のいないさびしい日々を送り始めます。
都から離れた国境は戦争の音など何一つ聞こえません。

ある日国境に1人の旅人が訪れます。
そして老兵に告げます。
小さな国が負けて、その国の兵士はみな殺しになって、戦争は終わったと。

老兵は仲良しだった青年兵士は死んだのだと思いました。 そして国境にある石碑のところでうつらうつらとしていると、彼方から大勢の人が来る気配がします。
見ると、それは1列の軍隊で、その先頭にいるのは、あの青年兵士です。
その軍隊はとても静かで、青年兵士は老兵に黙礼をすると、野ばらの香りを嗅ぎました。

老兵が声をかけようとした時、目が冷めます。夢だったのです。

そして一月ほどして、野ばらはかれてしまいます。
そして老兵は南の故郷へと帰ってしまいます。


野ばらはおそらく2つの国の平和の象徴だったのでしょう。
大きな国小さな国の兵士は、2人とも心の優しい人でした。
都から離れていて何の情報もないからかもしれませんが、とても仲良しでした。

戦争は悲しいです。

2つの国の兵士が仲良しの場所。
戦争の音が聞こえない場所。
2つの国の境に咲く白い野ばら。
寂しい国境が神様の庭のように思えました。

外灘(バンド)又の名を中山東一路、中国民主革命の先駆者 孫中山氏から命名された。北は外白渡橋にから、南は金陵東路まで、全長約1.5キロメートル、東側には黄浦江が流れ、西側には52棟の各種多様のビルがそびえる。上海の文化、経済、政治の中心であった。

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