3ヶ月


今のままでしたら1ヶ月も命はないでしょう。



後3ヶ月






現実が何なのか、今何処にいるのか
一瞬浮遊した世界に放りこまれた気分だった。




なのに





彼は泣き崩れる私を心配して、顔を覗きこんでた。




ん?分かってるのかい?




あなたは癌であと命が3ヶ月だと、見知らぬ医者に言われたんだよガーン








血液検査、入院する説明を受けた…
と、思う(記憶がない)





彼は結婚して、起業する事と自分の事だけしかしてこなかった
要は「勝手な人」でした。






夫婦になって、彼が家庭を振り向かなくてから、私は娘に寂しさと生きがいを託してきた。





今更だけど、病にった時から彼の事に必死になっている私と娘を見て、嬉しそうに感じているように映った





検査入院した時、家族で旅行行こう!!
と、結婚以来自分から家族に歩みよった事がなかったのに、声も弾んでいたように感じた。





あれだけ家族を見向きしなかったのに…






命の途切れる3ヶ月前に、家族の温かさを
感じ取ったのかな流れ星

彼の為に病院へ向かっている



ふたりの姿は、もっと歳を重ねたずっと先だと思っていた。


主治医の前に座るまでは、これぞ針のむしろ
冷静さを隠しきれず、主人にはビンビンに伝わっていただろう



それはそうでしょタラー
「家族を連れてきてください」と、医者に言われれば、生きてる心地は失うよ



名前が呼ばれ、直ぐにPETの結果を画像で見せられた…


癌が彼の身体中に居た
PETのgreenに光る癌が、身体中に光っていた。



私は泣き崩れるだけだった。


足首が痛い。
アクセルを踏むと痛い。


彼は高熱が出ても、仕事に出かける程健康な人でした。喉に熱が付きやすく、高熱が出ると必ず体の節々が痛くなる。


足首は学生の時、球児だった頃痛めた過去があったが、それからは外科的な過去はなかった。


咄嗟に痛風を想像した。
彼も半信半疑だったが、数値にはっきり表れないまま薬を続けていた。


肺がんに気づいたのは、それから半年も先のある日。流石に体の不調胃のレントゲンを撮ったとき、チラッと写った肺の影でした。


紹介状を出してもらい、大きな病院へ移ることとなった。


主人が突然


「肺にガンがあるらしい、すぐ実家に来てくれ!」


半年前に70を過ぎようとしていた義母が、同じガンで退院してきたところでした。
そんな義母を含めて経緯を話すのか、彼の実家に来いと言われた



私はそれどころではなかったのです



主人からのガンかも…の言葉頭の中をグルグル
思考能力などゼロに近くなっていた
これが、頭が真っ白の状態なのでしょう



それから喉に何も通らなくなっていた
今だから思うと、十数キロ痩せてしまい、彼が亡くなって葬儀も終わっても、それまでの数ヶ月は何を食べてきたのか思い出せなかった。



入院すると現実から離れた世界で、彼を見守り、自分を保つ事だけしかなかったからです。



ずっと、辛くて思い出したくなかった

やっと
8年経って、思い出になってきた。


2020年

2月1日
寒い雨が降っていた


前日、初めて主人と一緒に病室で
一晩を過ごした。

モルヒネでもうろうとしていても
部屋のトイレに行こうと
ベットの横に座った。

あんなに筋肉質で、貫禄のあった
身体が、痩せてしまったのに
自分で歩こうてしてる

直ぐに横にした


もう、口呼吸しかできなくなった
「苦しい?」
黙ってうなずく

辛そうにしているのは、痰がからんでるから
看護師は吸引しても取り切れず
先生が来てくれた
流石…慣れているのか直ぐとれた

吸引して楽になったのも一瞬
これがひと晩続いた



私は

そんな旦那さんの苦しい姿が
普通に見えてきてしまっていた

もう、私には治療を止められた時点から
徐々に死に近付く姿が彼だから。

朝、娘と交代したとき、娘は病状が
酷くなってきている事に
気づいていたらしい…


反省した


何故私は気づかなかったのかなぁ