昨日は診察日でしたが、カウンセリングも診察も穏やかな雰囲気の中で終わりましたニコニコ


今日は以前書いた「私はパーソナリティ障害」の続きを書こうと思います。

そして長いです。読むのが面倒な方はここでお戻りくださいなウインク


過去記事の貼り付けかたが分からないブログ超初心者で申し訳ないありません真顔


ちなみに過去記事は小学生時代のことを主に書いております。


中学に上がって少し経った頃、父から急に「お母さんのところで暮らすか?」と聞かれ、「行く!」と自らの希望で母のところに行くことになりました。


ちなみに中学に入ってすぐに不登校になった私です。理由は制服の衣替えのとき、父に冬服のまま学校へ行けと言われたからです。

私の通っていた学校は冬服は普通に紺の制服だったんですが、夏服は水色のワンピースでした。

その中で一人、紺の冬服を着ていく勇気がどうしてもなく、そのまま不登校になりました。今思えば夏服を買うお金がなかっのでしょう。


母の所に移ってからは、それはそれは気の使う毎日でした。

やはり6年間のブランクは大きく(夏休みや冬休みなどの長い休みは母方の祖父母の家に遊びに行っていましたが…母は父と別れてからは祖父母の家で暮らしていました)


母と兄の絆は強く私が入って行く隙間など1ミリもありません。

そして我が家は兄の独壇場の世界でした。

兄が白と言えば黒い物も白になる、そんな家族だったんです。


とにかく兄には逆らってはいけない…

兄を怒らせてはいけない…

母も兄の味方ばかり…

というか、母も兄には逆らえない…

どんな環境で育てばあんな人間になれるのか?

今になったらそう思ってしまうほど、兄殿下の家庭でした。


何もかもが兄優先…

何もかもが兄の思う通り…

中学生時代からはそんな環境で育ちました。


母と暮らすようになってから、母の親戚付き合いにも連れて行かれるようになりました。


そこの親戚の伯母様は自分の娘さんといつもの私を比べては、私よりいかに自分の娘さんが勝っているとこを私に言ってきました。

当時の私は素直に「娘さんは私よりそんなにすごいのか…」なんて思っていたものです。


この話を主治医にしたらため息をつかれました笑

そう、あの頃の生活が今の私の自己否定感に繋がっているのです。


前に母に聞いた事があるんです。

なぜ私を兄と一緒に引き取ってくれなかったのかと…

答えは父が私を離さなかったからという事と、母方の祖父が私を引き取る事を絶対に許さなかったからだと言われました。

私はどうやら母方の祖父にも嫌われていたみたいです…


そんな私の唯一が父の存在でした。

父だけは私の味方でいてくれる。

私の存在を認めてくれている。

そう思っていました。

でも違いました…母に聞いたんです。どうして私を引き取ってくれたのかと…

父に頼まれたそうです。薄々は気づいていました。

父に母の所に行くか?と聞かれた時から…

金銭的にも私にかけるお金がなかったのでしょう。


兄にも言われました。「父さんはお前の面倒が見れなくなったからこっちに寄越した」と…

やっぱりそうなんだ…妙に納得したのを覚えています。


私が1番傷ついたのは父が生命保険の受取人を兄にしていたことです(父は早くに事故で亡くなりました)世間一般では長男である兄を受取人にするのは当たり前だと思います。

頭では分かっているんです。

でも私にとって父は私の唯一だったんです。

そんな父も結局は兄なのか…と自分の存在価値を失いました…


私は誰のために産まれてきたのだろう?

なんのために産まれてこなければならなかったのか?


なぜこんな思いまでして生きていかなければならないのか?


小学生時代から、常に自分の中で抱いている疑問です。


何度、神様を恨んだ事でしょう…


私は産まれてきたくなんかなかった!

こんなに辛いなら生きていたくなんかない!


そんな私は15歳のときには30歳になったら死ぬつもりでいました。

30歳まで頑張って生きれば神様も許してくれるだろうと思って…


大人になったある時、例の親戚さんの娘さん。

早くに結婚されて、お子さんにも恵まれある日、家に招待された事があります。

話していると、ママ友さんの中で子宮内膜症なり、子宮を摘出しなくてはならなくなってしまったそう…


それは大変!と思っていたら、娘さんがママ友さんのお子さんに兄弟を作ってあげれないのが1番辛いと言ってたと…

確かにそうだろう…

でも私は自分の子供が作れない体…妊娠出来ない体…(若い頃にある病気になり、先生から子供を授かるのは無理でしょうと言われていました)


娘さんに私なんて子供産めない体だよ?と言うと

「子供が産めない人には分からないと思う」という答えが返ってきました。


物凄くショックで私の存在自体を全否定せれた感じでした。


思えば中学生時代からの生活の方が今の病気の原因になっている気がします。


結婚してしばらくは実家を離れていましたが、とある理由でまた私の実家で旦那さんと一緒に暮らし始めました。(自分でも今だになんで早くに結婚したのかが不思議でたまりません…いや、旦那さんがイヤとかではないですよ! むしろ今の旦那さんで良かったと心から思ってます! ただ私には結婚願望というものが全くもってなかったんですよね…)


そこから私の地獄がまた始まりました…


母は生活費と言う名目で旦那さんから、給料の半分以上を渡させる始末。


だが兄にかけるお金は全くもって気にかけない。


旦那の給料を使って兄にかけているしか思えない。

でも一緒に住まわせている身としては強く出れない。(兄も私より少し前に鬱病になり、実家に帰ってきたりしていました。)


兄の次に私も同じく鬱病になったんですが(実際にには鬱病ではなかったのですが)兄の時とは明らかに対応が違う…


兄にはゆっくり休めと言うが、私には家でゴロゴロしてるんだから家事ぐらい手伝え…

私だって体がしんどいから休んでるのに…

悔しくて涙したこともあります。


そんな私の今は私の家族とは絶縁しています。

理由はどうしても母と兄の事が(特に兄)許せないからと、私の今の生活、これからの生活を壊されたくなかったからです。

自分でも冷たい人間だと思います。

ひどい娘だと思います。

でも後悔はしていません。

なぜなら絶縁してからの私は心に余裕が生まれ、今の日々の小さな幸せを感じながら生活ができているからです。


まだまだ病気の症状には悩まされていますが、前に比べると遥かに良くなっています。


家族と絶縁したことでフラッシュバックも少しづつですが落ち着いてきています。

(前はフラッシュバックで自傷してしまうことも多々ありました)


これからは私のことを誰よりも理解してくれている旦那さんと子どもたちを大切に生きていきたいと思います。

(ちなみに旦那さんも私の家族関係は変だと思っていたみたいです笑 絶縁したいと言ったときも全然反対されませんでした笑)


いつも書いているかもしれませんが、今の私は今まで生きてきた中で1番幸せで穏やかな日々を過ごしております照れ

正直、何度も死のうと思いました。

実際、行動に出たこともあります。

でも今は生きてて良かったと思えるようになりました。

旦那さんや子どもたち、先生やカウンセラーさんのおかげだと思います。

感謝しかないですねおねがい

本当に死ななくて良かったと心の底から思ってますニヤリ


長々と書いてしまい申し訳ありません🙇


ここまでお付き合いくださりありがとうございました飛び出すハート