ルワンダに来てから2度目となる国内旅行に出かけた。
一度目は旅行というより、ホームステイだった。かかったお金もわずかだったし、リラックスするとかバケーションという要素はほとんどなく、探検・冒険だった。一方、今回の旅行は完全なバケーションだ。元々は、有給休暇を使ってタンザニアにでも行こうかと思っていたが、海を見るのは帰国した時の沖縄旅行まで我慢しようと思ってルワンダ西部にギセニにした。
予約したのは、その地区で最高級を誇るセレナホテルだ。セレナホテルはキガリにもあり、マリオットができるまではルワンダで一番豪華なホテルとされていた。最高級なだけあって、値段も高かった。1泊200ドル。ホテル1泊に2万円以上である。今まで海外いろいろなところに旅行したが、これほどまで高いホテルに泊まったことはなかった。ルワンダはホテルの数がそれほど多くないこともあり、ホテルの宿泊費は全体的に高い。しかし、もらっている給料が日本で働いていた時と比べて数段に良いので、2か月に1度くらいならばこれくらいの出費は構わないという気分になる。
キガリからかなり距離があることもあり、ギセニに行くのには3時間以上かかるようだった。この前、武田くんの暮らすムシャに行ったときは1時間だったので格安のバスを使ったのだが、さすがにあのクサい臭いで満たされたマイクロバスに3時間以上も座り続けるのは、もはや旅行ではなく拷問になってしまう。バスを使わないとすれば、もう残されているのはレンタカーしかない。ルワンダでは運転手付きのレンタカーが一日あたり150ドルで借りられるという話をTさんから聞いた。彼女によれば、通常200ドルのところを、毎回同じ人を使うという契約にして150ドルにまけてもらっているとのことだ。正直これはかなり大きな出費である。なんとかもっと安いドライバーを見つけることはできないのか・・・と思っていたところに、市内のスーパーから家まで使ったタクシーのドライバーが偶然長距離もやっているということだったので値段を聞いてみるとなんと2日間で200ドル!これは安い。Tさんに聞いても「それ、本当なの?」というくらいだったから安いのだろう。その運転手が乗っていた車は旧式のプラドだったが、一日100ドルならば問題ないレベルだ。ということで彼にお願いして合計だいたい400ドルくらいの予算で旅行に行くことになった。
まず、一番心配だったのはドライバーのがちゃんと来るかということ。当日になって来ないということになれば、代わりのドライバーを手配すること自体が難しくなり、旅行全体が中止になりホテル代も無駄になりかねないことから、前日にしっかりと念押しの電話をしておいた。
当日、ひとつ問題があった。それは、右膝が異様に痛むということだ。実は前日にかなり激しくテニスをしたため、プレイ中は気付かなかったが、足を痛めたようだ。ルワンダのテニスコートはかなり堅いクレーコートなため、体に対する負担が大きく、これまでもコーチと激しい試合をする度に体のどこかしらを痛めていた。ところが今回の痛みは今までのものよりも酷く、何故よりによってこんな時に痛くなるのか!と腹が立った。
8時20分くらいに到着していたジープに乗り込んでいざキブ湖へと出発した。
普段はほとんどキガリを離れる機会がないため、こうして車で遠出するだけで気分は高まる。Tさんのように、もうルワンダに何年もいる人ならば飽きて来るかもしれないが、まだ4カ月しか経っていない僕にとって、遠出はいつも冒険気分だ。ガソリンスタンドで給油を終え、しばらく市内を走った後、イッキに山道に入った。それはもう、かなり本格的な山道で、坂のあるカーブが続いている。しばらく行くとキガリを見下ろす格好のようになる場所があり、遙か下方にはキガリ・シティ・タワーを中心とした街の中心部が太陽の光を受けて輝いていた。それはまるで、ペルーからボリビアのラパスを目指したあのバスの道のりに似ている。
そこからしばらくは台地のようになったところを走り、左右の眼下に細かくなった街並みを見下ろした。こうしてみると、ルワンダは本当に丘の間を縫うように開発された国であり、見下ろす限り全ての場所に集落が点在し、純粋な自然と呼べる場所はほとんど見当たらなかった。丘でも木が生えているところはむしろ稀で、麓から頂上付近に至るまでびっしりと畑が開墾されている。耕作可能な全ての土地を無駄にしまいという気迫が伝わってくるようで、圧倒された。
そこから1時間くらい山道を走って思ったのだが、どうやらこの国、集落が途絶えているところがほとんどない。普通、大きな都市を離れて、山がちな道のりを走っていると、あまり人が住んでいない荒涼とした場所も通り抜けるものだが、ルワンダの場合、それが途絶えないのだ。本当にうっとうしくなるほど、歩いている人や民家、そして小さな商店などが継続して続いており、トイレに行きたくなったとしても、道沿いに車を停めて・・・ということは叶いそうにない。一体、何故この国はこれほどまで人がいるのだろう。それもそのはず、ルワンダはたしか、アフリカで一番の人口密度を誇っていた。今まではなかなかそれについて実感することはなかったが、このドライブで身をもって体験することができた。
おおよそ3時間のドライブの後、セレナ・ホテルのあるギセニに到着した。
ギセニに来て初めて気付いたのだが、ここはコンゴとの国境の町であり、かつて難民キャンプがあったゴマの町は目と鼻の先の距離にある。新聞で何度となく見たコンゴとの国境を示す緑色の表示を遠くに認めることができる距離だった。ルワンダ側の国境の町で、かつアフリカで6番目の大きさを誇るというキブ湖に面していることもあり、コンゴからやってくる観光客も多いようだった。ゴマの町にあるゴマ国際空港には、おそらく首都キンシャサからのものであろうプロペラ機が着陸する様子が見られた。
そして、セレナホテルの近くに行くと、一面に広がったキブ湖の水面が見えた。
水!一面の水!
なんという爽快感なのだろう。地平線を見渡す限り一面、水が続いている。ごちゃごちゃとした民家が広がるキガリ市内の光景とは打って変わってどこまでも続く無限の雄大さがそこにはあった。それはもう、湖というよりは海と言った方が良いくらいの大きさだ。日本で言えば琵琶湖に相当する大きさだろうか、対岸の景色は遙か向こうに霞んでいる。もう、数えられないほどの距離の先に遙かに浮かんでいるのは、コンゴの山並みなのだろう。あの向こうで人々はどんな暮らしを営んでいるのだろう。
しかしとりあえずお昼の時間となったので、適当に近くにあったレストランで食事した。本当はキヴ湖名物である魚のから揚げやティラピアを食べたかったが、ホテルのビュッフェ以外ではなかなか食べられないということで、通常のルワンダ・ビュッフェになった。観光地のレストランというだけあり、ある程度高級かつ肉もかなり柔らかいものだったので満足できた。興味深いメニューは、バナナを揚げたものだ。別にから揚げというわけではなく、素揚げにしたものなのだが、まるで肉厚のバナナ・チップスを食べているようで美味しかった。これは、現地の人がかなりたくさん皿に盛って食べていたので真似して食べたのだが、大正解だ。ルワンダではバナナは本当にデザートというよりは、主食の一部として数えられているようだ。
ちなみに昼ごはんの前に、運転手が「お昼を食べるお金がない」と言ったので、こちらが「俺に奢ってほしいのか?」と聞くと、「お前は俺に奢りたいのか?」と言われたので、そういうわけではないが・・・と答えると、じゃあ100ドルを前払いしてくれればそいつをそこらで両替して、そのお金を使って昼ごはんを食べて、宿を取って、ガソリンを入れてくるとのことだった。さすがに、ここで200ドル全部を渡してしまうのは気が引けたが、ちょうど一日分の仕事はしてくれたので半日分の報酬を渡すことには抵抗がなかった。
ところでこのドライバー、他よりも安い値段を提示してくれたのだが、大使館の運転手や1日150ドルの運転手に比べると質は低かった。まず、45分後に来てくれと頼んであったのに、レストランに迎えに来たのは1時間以上が過ぎてからだった。後から理由を問い詰めると、途中で警察に停められて免許証と許可証を見せろと言われたからとか、全力で言い訳をしていた。人は良いのだが、プロフェッショナルとしての意識に若干欠けるところがあるのが難点だ。(次の日も、朝かなり遅刻した)
朝食後はそのままセレナ・ホテルへと向かった。
キブ湖一のリゾートホテルと聞いており、かなり期待していたのだが、期待を超えるようなことはなかった。たしかに部屋は清潔だし、庭やプール・プライベートビーチもあるのだが、「豪華」さや気品はあまり感じられない。もちろん、全く悪いことはない。ただ、敢えて言えば敷地面積が若干狭くて、感動を与えるような設備・サービスに欠けていた。これまであまりリゾートに滞在したことがないアフリカ人ならば感動するかもしれないが、家族旅行でハワイや沖縄などに行ったことがある自分にとってはあくまでも「それなり」だった。まあ、もちろんこの国にあってはこの「それなり」レベルのホテルで十分に満足できるのだが、これならば適正価格は150ドルだろう、200は少し高すぎる。
さっそく部屋で着替えてプールサイドに向かった。セレナホテルにした理由の一つにプールを備えていることがあった。リゾートに来たのだから、リゾート気分を満喫するためにも泳ぎたい!キブ湖は噂によると寄生虫がいるとかであまり泳がない方が良いと言われていたので、安全なプールで泳ぐことにしたのだ。プールに入る時は、当然いきなり飛び込まずに、まず足先をちょっとだけつけてみて、温度を確かめてから入るのが普通だ。でも・・・
冷たい!
ルワンダ人数人はこの冷たい水に果敢に飛び込んで遊んでいたが、おそらく今までで入ったことのあるプールの中でもベスト5に入る冷たさのプールに入るのは気が引けた。おまけに、先ほどまでとは違って日差しは若干陰っており、温度も暑くてどうしようもないというくらいにはなっていない。そんなところに、眼下に広がる湖が飛び込んできた。そう、このホテルは湖よりも若干高いところに建っており、高大なキブ湖を見下ろす格好になる。
この5分後には、僕はプールと比べて暖かい、キブ湖の中にいた。
2年目の夏くらいまでずっと、実家に帰省したときには近くの琵琶湖に行って泳いでいた。夏の琵琶湖はまるで温水プールのように暖かかったが、連日35、6度の気温を記録する中部地方にあってはちょうど良い水浴びになった。そう、キブ湖は琵琶湖に似ていた。波の打ち寄せ具合も同じくらいだし、水の濁り具合も似たようなものだった。ここで獲れた魚を普通に食しているくらいだし、横では100人以上の黒人が泳いでいるくらいだから、問題はないだろう。だいたい、現地の人が泳いでいる水辺が安全というのはだいたい世界中どこでも通じる鉄則だ。危険なのは、一見安全そうに見えても現地の人が一切泳いでいない海岸だ。いきなり深くなっていたり、有毒なクラゲがうようよしていたりする。実際にこの両方のトラップが潜む福井の海岸で一度泳いでしまったことがあり、かなり後悔した。
泳ぐのは、Tさんの家のプールで泳いで以来だ。そしてここは広大な湖。もちろん狭いプールで泳ぐよりも爽快感は大きい。右足は依然として痛んだが、泳ぐのにはほとんど支障なく、ゆっくりと平泳ぎで水の中を進んだ。視界は決して良くなく、1M先をも見ることができなかったが、濁っているというほどではなく、薄い黄土色の霞みが全体にかかっているようだった。湖の中はかなり静かで、波もほとんど立っていない。ときおり湖畔近くを5人乗りくらいのモーターボードが通過していく以外、何も静寂を乱すものはなかった。この湖は住血吸虫という寄生虫が住んでいるらしいが、そういったものを恐れ過ぎるのもいかがなものかと思う。別にそれにやられても死ぬことはなく、薬で簡単に治ると書かれていたので、そのわずかなリスクを恐れるよりも、この湖での水泳という楽しみを放棄するほうが残念に思えた。(そもそも、自分がそういったリスクを恐れる人間ならば、わざわざ志願してアフリカに来たりしない)
水から上がった後は、ビーチに置かれたリクライニング・チェアで横になって穏やかな水面を眺めていた。何も考えずに、ひたすら眺めていた。思えば、こうして何事も考えずにぼおっと眺めることができるものがあるのは良い。そんなものはキガリにはない気がする。あるとしたら千の丘の国の夜景だが、今の自分の部屋からはそんなものを眺めることは叶わない。ビールでも頼もうかと思ったが、夕食の楽しみにとっておくことにした。
夕方になり、サンセットを楽しみにしていたが、雲行きは怪しくなる一方で、遙か遠くに雷のショーは見えても、夕日が姿を現すことはなかった。少し疲れたので部屋に戻りベッドに横になるといつの間にかポケモンGOを起動したまま眠ってしまっており、ポケモンが出現する音で目を覚ました。水泳の後の疲れは、体全体が水を吸った重い布になったような心地よい疲れで、それを感じながら眠るのも同様に心地よかった。そのまましばらくぼおっとしつつ読書し、風呂に入った後、7時を過ぎてからレストランに向かった。
そう、このセレナでの夕食こそ、今回の旅行で2番目くらいに楽しみにしていたものだ。一体どんな料理が待っているのだろう。開店直後に入店したこともあり、レストランはかなり空いておりプールサイドに面したテラス席も空いていた。迷うことなくそこに腰かけて、ライトアップされたプールと、その奥に広がっているであろう湖の音を聞きながらの素敵なディナータイムとなった。
ああ、横に素敵な女性がいればなあ・・・とは思うが、別に一人を残念がることはしない。素敵な女性と食事をするのも楽しいが、そういう時は気持ちが女性にいってしまって、イマイチ食べ物と真剣に向き合うことができなくなるからだ。一人の場合は、自分の好きなペースで会話など抜きに食べることができ、どこまでも食べ物の美味しさを堪能できる。だから、本当に食を楽しみたい場合は、一人で来店すべきだというのが、最近になって追加された持論だ。
料理の味は、最高だった。まず、1皿目は魚を中心とした盛り合わせ。このキブ湖名物の小魚とから揚げと、ティラピアのグリル。小魚のから揚げは魚自体の味が強く、ビールに良く合った。ティラピアも、魚自体の味が強いのだが、こちらはほんのりとトマトの味がついており、どちらかというとワインに合う味付けだった。主菜にはライスではなくポテトを選択。このホテルの米は細長いタイプのもので、あまりおいしくなさそうだった。
飲み物をビールから赤ワインに切り替えての2皿目は、肉料理を堪能。魚だけで押し通してしまうことも考えたが、せっかくおいしそうな肉がスタンバイしていたので、それを味わわずに帰るのはもったいないと考えたからだ。肉の隣には数種類の野菜が置かれており、一緒に焼いてくれるということだったので、オニオンとキャベツを選択。これもまた、先ほどのポテトを付け合わせに食べることにした。
赤ワインが運ばれてきたタイミングで食べ始めると、なかなか美味しい肉だった。さすがに高級ホテルというだけあって、よく安いビュッフェで見られるような噛みきれない肉などは使われていない。この組み合わせは実家で鉄板焼きをした時に、母が肉の付け合わせに炒めるものだった。量が多かったので全て食べることは断念したが、赤ワインとの相性も良く、十分に楽しむことができた。最近、どうもたくさん食べることができなくなっていたが、今日は昼飯の量も調整し、かつたくさん泳いだこともあり、2皿分の料理を食べることができた。おまけにデザートを食べても苦しむことはなかった。
食後、ふと湖の方へ歩いてみた。そこで、仰天の光景を目にすることになる。
なんと、昼間はあれだけ平穏だった湖面が、激しく波打っていたのである。不思議なことに、風はほとんど吹いていないにもかかわらず、湖はごうごうと鳴り響いて、まるで怒ったように白くて高い水しぶきを砂浜に打ち上げていた。もちろん、海ではないので、飲まれるような大波ということはないのだが、それでも昼の平穏ぶりを知っている者が見たら、同じ湖だとは思えないのだろう。一体どうしたのだろうか。
対岸にちらつくコンゴの灯りを見つめながら、しばらく打ちつける白波を眺めていた。
コンゴとの国境にて