やはり、感傷的になった時は日記を書くに限る。
日本のことを思うと、どうにもこうにも感傷的になってしまうのは何故だろう。今日は、最近新設された「山の日」について思いを巡らせてみた。
山、といえば今なお圧倒的に自分の中の思い出に残っているのは、2012年の夏だ。今からもう、4年も前のことになるので、当時は山の日なんて存在しなかったが、それでも暑い暑い日本の夏がやってくると、僕の心はあの夏に帰る。

取り立てて恋人がいたわけでもない。(一応いたが、別れる寸前でほとんど会っていない)
だから、彼女と甘い思い出を重ねたというわけではない。しかし、きっかけはその彼女になるのだろうか。
当時、僕は岐阜にUターン就職して、あるメーカーで働いていた。日々の仕事はかなりつまらなく、楽しみといえば休みの日に車でドライブに出る事だった。ただ、当時はまだ本格的に運転するようになって日が浅かったことから、それほど遠くに行ったことはなかった。
ただ、待ちに待った夏休み。もう、自分の車を使って遠くに行くことしか頭になかった僕は、学生時代に所属していたテニスサークルが長野で合宿を行うという情報を掴んだので、思い切って行くことにした。

特にサークルに仲の良い友人がいたわけでもないし、メンバーから強く参加してほしいと言われたわけでもない。サークルの後輩も、まさか学生時代でさえ参加率・ノリ共に良くなかった僕が現れるとは思ってもみなかっただろう。みな、びっくりしていたのだった。

しかし、それはあくまでも口実だった。
本当はドライブしたいことに加えて、当時付き合っていた彼女が群馬県で住み込みバイトしていたので、あわよくば彼女に会いに車で行ってやろうという魂胆があった。しかし、当時一方的に愛想突かされており、実際に群馬まで行くのは現実的ではなかった。
実際に、直前に何度か連絡しても電話に出ないという状態だったので、僕は彼女に会うのを諦めて、半ばやけくそで一人旅のドライブに出かけたのだった。

あの夏も暑かった。
しかもお盆のころなど一番暑くなっており、気温は連日35度ちかくまで上がっていた。4泊の予定の合宿を、途中で用事ができたと言って1泊で抜け出した僕はそのままあてもなく新潟方面に向かった。初めて見る光景に、初めてのロングドライブ。
ひとりで何時間も運転して疲れても、楽しさや好奇心が勝ってどこまでも車を運転した。気が付くと新潟の七尾というところまで来ており、その日は近くのビジネスホテルに宿泊した。自分が運転したはてしない距離を思うと、少し大人になったような気がした。

休みはまだまだあったので、僕は飽きることなく車を運転した。途中で全国的な悪天候に見舞われ、晴れている場所を探してたどり着いたのが石川県輪島市だった。半島の付け根に位置する輪島市へは、国道8号線という海沿いを走る道を使って抜けることができる。自分が運転する車で初めて観た海の感動は忘れることができない。あまりにも感動しすぎて、カーブを曲がる時にミスをして、あやうく大型トラックと正面衝突しそうになったのだった。

途中で美しい景色がると、車を停めて写真を撮ったり、海水浴場があれば泳いだ。
自分の意のままに移動できる喜びは体の中を駆け巡り、いつしか彼女にフラれたことなど忘れずに、ひとりきりの夏休みを全力で楽しんでいた。天気はいつの間にか全国的に回復し、夜は星空が覗いていた。
加賀の田舎道を、誰もいないのをいいことに、80キロくらい出して走り抜けた。23歳の青年は、自分に怖いものなどない、と思った。

翌日、母が心配するので家に帰ることにした。
ただ、普通に帰ってはおもしろくないので、敢えて一般道、しかも山道を通って帰ることにした。田舎は人通りも少なく、周りの緑も色濃くなってくる。カーブが続く道を絶妙なハンドル捌きで走り抜けた。白川郷までやって来た時、急に雲行きが怪しくなり、豪雨になった。
しかし、僕は走るのをやめなかった。すると、後ろから車がやってきて(たしかBMWだったと思う)、カーレースのようになった。プレッシャーをかけてくるので、僕は抜かされまいと全力で走った。
カーステレオからは、Bonnie PinkのYou and Iが流れて来る。テンポが速い音楽に合わせて車は左へ右へと回転するように山道を下っていく。

なんとか追いつかれずに凌いだ後は、もう高速道路を使って帰った。3泊4日の旅だったが、人生最高の旅になったと思った。
あれほど刺激的で、冒険心に溢れた夏は、もう来ないかもしれない。だが、あの夏の記憶だけは、今も色あせずに僕の心に中に残っている。
またいつか、あれほど素敵な夏を過ごしたい。