前回の横浜旅行から約1年が過ぎてしまった。
「またどこかに自転車で1泊2日の旅行に行こう」と、いつも思っていたが、修論が終わり、高校の先生になり、気付いたら夏になり、一日がかりのサイクリングができないほど暑い日が続いた。

何故サイクリングが好きか?と聞かれていろいろと理由はある。まず、アウトドアなこと。
もともと外で体を動かして遊ぶのが大好きな子供だったので休みの日まで家にこもっているなど、耐えられない。
それから、ひとりで楽しめる、ということ。集団で行動することが苦手なマイペース人間なので、ひとりでこそ楽しめるサイクリングは性格的にも合っている。
最後に、達成感が得られるということ。長い距離を完走した後のやり切った感は、一度クセになったらやめられない。

ただ、サイクリング旅行に行くのにはいくつもの条件が揃わなければならない。第一に、二日連続して予定がないこと。二日間フルに使うので、完全に予定がゼロの日しかサイクリング旅行は敢行できない。
第二に、天気が間違いなく晴れであること。雨の場合ただ濡れるだけでなく、路面もスリップして危険度が増す。
第三に体調が万全であること。いくら若い男子とはいっても、一日中漕ぎ続けるわけでかなり体力を消耗するので、体調が良いときではないと出かけるのは厳しい。
これらを3つそろえることは案外難しい。予定は何とか調整できるのだが、その時出かけようと思って予定を入れないでいると雨が降ったりするので、基本的にサイクリング旅行のために日程をわざわざ空けるようなことはしない。お天気は金曜日の夜にならないとわからないのでどうしても直前に決断することになってしまう。

そして今回は偶然この3つが揃った。予定は何もなく、天気予報は快晴の「晴れ」オンリーのマークが2日間連続で並んでいた。そして、体調は先週の試験後の疲れから回復してすこぶる良かった。
金曜日の夜に行こう、と決断すると次は場所決めだ。
前回はかなり守りに入って横浜にした。初めての自転車旅行ということもあったし、一日に走れる距離の目安も曖昧だったのでとりあえずホテルも多い横浜にしたのだが、なんと片道3時間以内で着いてしまうという十分往復可能な短さで若干物足りないと感じた。
その反省を生かして今回は、クロスバイクで一日に走れる距離の目安をインターネットで調べてだいたい70~100キロの間とした。中には150キロとか200キロとか書いてあるものもあったが、それらはおそらくロードレースに使われるような準競技用の自転車を使って可能な距離のことだろう。

続いて地図アプリの「キョリ測」を使ってかかる距離と時間を調べる。最初は埼玉の北に目的地を探したが、これといった目ぼしいものがなかったので、海、しかも千葉県の海が見られるところで探した。
すると、木更津と白子の2カ所が候補として挙がった。だいたい距離が80キロ程度でかかる時間も同じだった。さて、どちらにしようか・・・ 
ここで無難なのはおそらく木更津だった。というのも、房総半島の西側の町なので東京から平坦な地形が続き、走りやすいとうことがあった。一方の白子は千葉を横断する恰好になり、間には若干丘のようになっている部分があり、それを超えるにはかなり脚を使わされるだろうと想像がついた。
更に詳しく調べるため、今度はGoogle Mapを使って目的地周辺を調べてみた。すると木更津のほうはたしかに海に面してはいるのだが、それらは人工的に作られた埠頭が中心で、石油化学会社の工場や倉庫が立ち並んでいる。一方で白子のほうは美しいことで有名な九十九里浜に面していた。その地名を聞き、大学時代のテニスサークルの合宿で見た白子の海を思い出した。


最終的に白子に絞って宿を調べたところ、5000円以内で泊まれるところが一軒見つかったので白子に行くことに決定した。最終決定をしたのが夜の10時くらいだったため、急いで荷造りを済ませて次の日に行われるG1菊花賞の予想も済ませて早めに布団に入った。
まるで小学生が遠足を控えてわくわくするように僕もサイクリング旅行のことを思うと興奮した。
しかしすぐに睡魔は訪れ、翌日に備えて十分眠ることができた。

そして迎えた当日。
関東地方は前日の夜に木枯らし一号が吹き、ガラっと空気が入れ替わったように冴えた晴れが広がっていた。風もかなり吹いており、厚手のウインドブレーカーを着こんで出発した。
8時30分の出発。まずは護国寺駅まで出てそこから春日街道を後楽園の方向へと走っていく。日曜日ということもあって交通量も少なく、安心して車道のスペースを走ることができる。空は晴れ渡って、こちらに日差しを運んでくる。まだこの時間は動き出したばかりの体をじわじわと暖めてくれるが、あと3時間もすればスタミナを消耗させる暑さに変わるだろう。

本郷三丁目で右折して、東へ東へと進んでいく。
末広町の駅を過ぎると下町エリアに突入し、網の目のように細かく、直角で区切られた道路が密集するエリアを抜けていく。隅田川を渡ると右折。ここで清澄通りを南に進路を取る。

しばらく行くと錦糸町の北側に出る。ショッピングモール「オリナス」が見えるとそこが錦糸町だとういことに気付かされる。2年間、毎週土曜日欠かさずに行った思い出の場所錦糸町。今では自転車から見るだけの町になってしまった。
ここから先はほぼ未知の領域だ。
亀戸、という言葉は何度も錦糸町時代に聞いたことがあったが、これまでそこへ行ったことはなかった。雰囲気は錦糸町と似た感じで下町の風景が広がっている。このあたりからだんだんと歩く人も増え始めて日曜日の町が賑わいだす。活動へと向かう野球少年たちが連れたって元気な声を出しながら歩いているのにすれ違う。
亀戸を抜けるといよいよ千葉まで続く大動脈である「京葉道路」に入る。これは国道14号線の愛称であり、文字通り東京と千葉をつないでいる。

こういった道路は自転車にとっては一か八かだ。もし通れる場合は広い歩行者用の道と、複数の車線があるため歩道を行くにしても車道の内側を進むにしても非常に余裕をもって走ることができ、スピードも出せる。
一方でこういった幹線道路の中にはバイパスのようになっており自転車や歩行者が通行できないものもある。その場合は付近に歩行者自転車用の道があればいいが、無い場合はかなり遠回りをしなければならない、ということもある。
この京葉道路は、とりあえず前者のようで安心した。
今まで細かい道を抜けてきてストレスの多い区間が続いただけにここぞとばかりにスピードを上げて進んだ。
そういえば今日は漕いでいてほとんど抵抗を感じない。よくよく観察していると完全な追い風となっており、少しペダルを漕いだだけでもかなり距離を稼ぐことができ、運転しやすかった。風があるときは向きによってものすごく困難になることもあるのだが、今日はラッキーのようだ。
京葉道路は大きな橋があり、江戸川を通過する。江戸川は東京と千葉の境にある巨大な川で通過するのに2分ほどかかる。下を見るとゆっくりと流れる川が太陽の日差しを受けて水面をキラキラと輝かせている。
今来た道を振り返るとそこには東京スカイツリーが見えた。空と川とスカイツリー、なんと壮大な景色だろう!思わず停止してその風景を写真に収める。


軽快に走行していた京葉道路だが、しばらくしてガラリとその性格を変えることになる。
並走していた高速道路と合体するように自動車専用道路となってしまい、自転車は締め出されてしまった。ここでGoogle mapを使って調べるとショートカットするように川を渡る道があることに気付く。そこは車も通っておらず歩行者と自転車だけが通行可能な道で、堤防のようなところを進んだ後、二手に分かれる川を二回超えて対岸へと渡る。
説明が難しいので詳しくは書かないが、雄大な川を見下ろすことができるなかなか良いルートだった。
ここまで来て少し疲れたので、河川敷で行われている草野球を見ながら休憩した。青いユニフォームのチームと鼠色のさえないユニフォームのチームが試合を行っており、鼠色のユニフォームのチームの攻撃だったが、打者はほとんど太っており、三者連続三振だった。これは一体試合になるのだろうか・・・?という思いで見ていると、裏の攻撃の青のチームの一番打者はいきなり左中間を破るヒットで打球処理をもたつく間にランナーは3塁まで進塁していた。鼠色のチームを哀れに思いつつ、旅を続行する。


ここからはしばらく細かい道を使いつつ、安定して走れる大きな道を探した。
しばらくすると東関東自動車道という高速道路の下を国道が走っているのに合流でき、その横に設けられた自転車、歩行者専用のスペースを歩いていく。まあ当然と言えば当然だが、こういった町と町をつなぐ幹線道路の脇を歩いている歩行者などそれほどいない。だから20キロを超すスピードで安心して自転車を進めることができるわけだ。
しばらく行くとその幹線道路脇の道路に沿って公園があるのに出くわした。「香澄公園」と名付けらえたその公園は非常に細長く作られており総面積は大したことないのだが、自転車で走っているこちらにとってはどこまで行っても公園が続いているように見えた。ここでしばしのトイレ休憩。自転車旅行の場合トイレは行ける時に済ませておいた方が無難だ。

しかしそれにしてもこの幹線道路脇の小路は走りやすい。細長くてまっすぐなため遙か向こうまで見渡すことができ、対向車の接近にも備えることができる。また、木々が豊かで日中でも日差しを遮ってくれるため暑さも感じない。その上ところどころから漏れてくる木漏れ日が輝いて、道を神々しく見せている。

そういえばこの公園の近くに「谷津干潟」と呼ばれる場所があった。
これはその名前が示す通りに干潟が続いている。都会の、しかも高速道路脇にこんな場所があるのか、とびっくりするほどの場所だ。少し水がある干潟が延々と続いており、そこには多くの海鳥が海藻や藻、小魚を食べながら暮らしている。このあたりでは有名な場所らしく、周りには双眼鏡を持った人々が何人も野鳥観察を行っていた。僕もここは自転車を引いて美しい鳥たちを眺めながら進んだ。

左手に神田外国語大学を通過すると、この高速道路との並走区間も終了し、再び自転車も通ることができる国道に戻る。ここからは完全な千葉県なので、「千葉街道」に名前が変わっていた。
千葉街道は京葉道路よりも更に走りやすかった。非常に道幅が広い国道なことに加えて、なんと自転車専用レーンのようなものが設けられていた。道も最近舗装されたばかりのようでスムーズに高速走行ができる。他のロードバイクたちはまるでこちらの走行を嘲笑うかのようなスピードで追い抜いていく。自転車屋の話によると、僕の自転車はクロスバイクの中でもタイヤが太い低速なものだと言われた。一方で本格的なロードバイクとなると50キロものスピードを簡単に出すことができるらしい。
順調に千葉街道を進むともう千葉駅に着いてしまった。近くのコンビニで飲み物を買って時間を購入すると12時前だった。だいたいここまで家から3時間といったところだろうか。比較的大きな道を通ってこれたぶん、あまり疲れはなく、近くの吉野家で昼食を済ませた後、すぐに出発した。

問題はここからだった。
今までは海沿いの平坦なコースを通るルートだったが、ここからは千葉県を横断するため若干ではあるが傾斜のついたコースを通らなければならないし、道幅も狭くなるようだ。
千葉から九十九里へと抜けるルートはいくつかあったが、Google Mapに従って一番距離ロスの少ない県道20号線(大網街道)を通るルートを選んだ。少し間違えて千葉大学医学部近くの起伏のキツいルートを通ってしまいかなり脚を使わされた。
しかし20号線を見つけるのは比較的簡単ですんなりと入ることができた。
ここまでくると時間も1時に近付いてきて、一日の中で一番暑い時間帯となった。気温は夏に比べるとずいぶん涼しくなったが、問題は日差しだった。ちょうど正面から照り付けられて顔全体が直射日光を受ける形になる。自転車に乗っているので帽子を被ることができず日焼け止めクリームを塗って何とか凌ごうとした。

だが、しばらくして僕はこの道を選んだことを後悔することになる。はじめは比較的道幅にも余裕があったのだが、途中の松ヶ丘を過ぎて平山、譽田に至る部分は地形の起伏に加えて道幅がこれでもかというほどに狭くなった。歩行者用のスペースに逃れようにもそれ1Mもなく、走行することは不可能だ。
日曜日の昼ということもあり、交通量も多く、まるで車にプレッシャーをかけられているようにスレスレを進まなければならない。少しでも左に行けば路側帯の部分に接触して転倒しかねないし、右にずれれば後ろからやってみる車に衝突される危険が増す。救いはもともと狭い道なので車が比較的ゆっくりと走っていることだ。それにしても左と右からのダブルプレッシャーに、相当ストレスのたまる走行が続く。
しかも太陽もちょうど南中し、今日最強の日差しが降り注いでくる。もうこの状況に耐えきれなくなり、一本脇道にそれてどこか休憩できる場所を探すことにした。

近くに適当な公園が見つからなかったので、道脇に生えていた草の上に寝転がってスポーツドリンクを飲み干した。JR外房線の脇にあるこの道は車もほとんど通らずにとてものんびりと牧歌的な雰囲気だ。ちょうど木の木陰になっている部分に寝転がっていたのでほどよく涼しく、吹き抜ける風が心地よい。地図で見るとこの場所は明治大学のグラウンドということになっていた。

しばらくすると踏切が鳴り始めて、列車が通過した。そういえば大学に入学したてのころのサークルにいた女子がこの外房線の近くの土気という駅から通学していたことを思い出した。練習後の飲み会に参加せずに帰ることが多いのは、こんなに遠くから来ていたからなのだろう。
しばらく休むと心なしか体も軽くなったようで再び出発した。相変わらず道幅は狭くて、中には通過するときにクラクションを鳴らす車すらいた。もう、「知るか!」と割り切って自分の走りを続けることにしたが、何とも腹立たしくなってきた。だいたい何故この道はこんなに道幅が狭いのだろうか、そして何故歩行者用のスペースすらないのだろうか・・
考えれば考えるほどイライラしてきて、大網街道という文字を見るとついに、「FUCK大網、こんな道消えてなくなれ!」と絶叫しつつ猛スピードで進んだ。そんな思いも通じたのかほどなくして道はカーブが続く長い下りに差し掛かった。とても長い距離を下っており、途中の地点からは遙か遠くに海が見えた。今までのストレスの多い走行から解放されたようで、今度は雄たけびを上げながら下った。

道を完全に下り来るとどこまでも続く平野地帯に出て、道幅も広くなった。
近くのコンビニで飲み物を買いなおして残りの距離を確認すると20キロを切っており、あと1時間20分ほどあれば着きそうだった。やはりここまでくると足に溜まった疲労も相当なもので痛みこそ感じなかったが全体的なだるさがあり、いろんなところをストレッチして伸ばしながら最後の走行に備えた。

先ほどまでの走行がかなりストレスの多いものだったこともあり、ここからはすんなりと進んだ。海に近付いてきて風も強くなっているようで、場所によっては漕いでいないのに自動的に自転車が前に進むことすらあった。交通量も先ほどまでと比べると遙かに少なくなり、もう道の真ん中を走っていても問題ないくらいだ。
1時間ほど走るともうこれ以上東に進めないという地点、つまり海岸にたどり着いた。海岸の手前に有料道路が走っているせいで直接海は見えなかったが、勢い良い波の音が時折風に乗ってこちらに聞こえてくる。とうとう、東京の都心から千葉、そして千葉を横断して九十九里の地にやってきたのだ。
最後のストレートは力を振り絞って進んだ。時刻は15時。15時40分からのメインレース菊花賞に間に合うためには一刻も早くホテルに到着しなければならない。漕ぐペダルにも自然と力が入る。海辺の風を受けながら完走し、15時20分前にはホテルにチェックインすることができた。

そして気付いた。
あれ?そういえばこのホテル一度泊まったことあるぞ・・・ そう、僕が今回予約した白子ニューシーサイドホテルは、大学のテニスサークルの合宿でお世話になった宿だった。トホホ・・・卒業して何年も経っているのに、学生が使うような安宿に、しかも夕食抜きで泊まることになるとは。でも、やっぱり学生時代に使ったということもあり懐かしかった。食事を待つ間に座っていた椅子も、後輩に留学のアドバイスをしながら入った風呂も、当時のままだった。
ひとつだけ、当時には無かった設備が完成していた。それは屋上の露天風呂!
入るからには周りの景色が見える時間帯が良いということで16時からをセレクトした。
案の定競馬で負けてから屋上の風呂に行ってみた。

!!!
そこには最高の眺めがあった。夕暮れが近づいて青から白、黄色、薄いピンク、そして濃いピンクへと海に向かって少しずつ色を変えていく空と、真っ青な太平洋を独り占めできる露天風呂。個室になっているので他の人に邪魔されることもなく、心行くまで眺めとお風呂を楽しめる。もう、最高に幸せな気分に浸りつつ、本当にこちらを目的地に選んで良かった、と改めて思った。

せっかくなので風呂に出ては入って、また出て、を繰り返して45分の時間をいっぱいに使って外へ出た。風呂から上がると夕暮れ時の浜辺を散歩することにした。ホテルからビーチは目と鼻の先で歩いて3分もすれば到着する。
ここでまた目を見張る絶景に出くわす。日没こそ反対側なので見られないが、その代わりに月がちょうど出たところで満月に近い美しい月が海の上に浮かんでいた。風が強いので打ち寄せる波も豪快で、波で広がった水の上に月が反射して映っている。ああ、なんということだろう、これほどまでの光景に出会うことができるなんて、全く期待も予想もしていなかった・・・
写真を撮ることもしばし忘れてこの光景を見入ってから辺りを散歩した。
カップルに、犬の散歩のおばさん、釣りを終えて引き上げるおじさん。人はまばらだったが、みなこの美しい光景に見入っていた。風も強く湯冷めの心配もあったため20分ほど景色を楽しんだ後、ホテルへと戻った。夕食はホテルのものを入れると高くなるので近くのコンビニでビール、から揚げ、ポテトサラダ、おにぎり、お菓子などを買い込んで部屋でテレビを見ながらゆっくりと食べた。
どの道一人だ。だったらたくさんの人がいる食事会場なんかで食べるより、自分の好きなものを、誰の目も気にせずに部屋で食べたほうがよほど良い。現に泊まっている客はじいさんが多くて、耳が悪いからかものすごい大きな声で話していたので、部屋で食べることにして大正解だった。

千葉の田舎の夜は静かに更けていく。
遠くで打ち寄せる波の音だけが、暗い闇の中で遠巻きに聞こえていた。