最近私が怒った出来事があった。それは、新たな時代のLINEというコミュニケーションツールがもたらした世界観の中で、なんとかして伝統的な人間中心のコミュニケーションスタイルを守ろうとしている私だからこそ直面している問題なのかもしれない。この新しいツールの中で、従来のコミュニケーションの価値観は通用するのだろうか。そんなことを考えさせられる出来事にもなった。今回は、自分の考えが100%正しいという確信もないし、どちらかというと、「そんなことで・・・?!」と思われる小さな点かもしれない。しかし、それは同時に、真のコミュニケーションや人間性を考えるにあたって、示唆するものが多いのではないだろうかと思って、広く議論の対象とした事柄である。


事の発端は、最近最もポピュラーなコミュニケーションツールとなりつつあるLINEを通して起こった問題である。
どこから説明すれば良いかわからないが、私の所属する大学院のコースで、ある留学生が、コースのGroupを作成してくれた。まあ、そのGroup作成の大きな目的というのは、学術情報の共有というよりは、むしろ社交イベントの連絡であった。そして、今回、その留学生の子(Aさんとしておこう)が、学期が終わってから飲み会をしようという案内をLINEを通して行ってくれた。前々回こそ私が仕切って行ったのだが、前回は同じように学期末にAさんが仕切ってエスニック料理店で飲み会を開催してくれた。しかし、その際に問題となったのは、LINE上で「参加」という意思表示をしたにも関わらず、実際には来なかった、もしくは直前(2時間以内)にドタキャンをした人が5人以上いて(ほとんどが某C国からの学生)結局その料金を他のメンバーで負担したということだ。それを防ごうと、今回は、コースを限定して10人ほどで構成されるグループを作成した。


7月末、作成からほどなくして、Aさんが飲み会の案内を投稿してくれた。
「O日とO日とO日ではどうですか?」といった感じでだ。私は真っ先に行けない日だけをGroup Lineに投稿して他の人の返事を待った。しかし、それから丸一日、ほぼ投稿無し。日程的にも早い返信が求められる状況で、特に留学生にも関わらず飲み会を企画してくれたAさんのことを考えると、早く返信することが良いのは一目瞭然だ。

しかも、既読の数を見ると、ほとんどの人が既読しているにも関わらず、中には何も返事も返していない人も半数ほどいる。私は個人的には、「既読スルー」には(この言葉自体も嫌いだが)賛成である。特に個人的なLINEでは、せめて読んだことの意思表示だけでも示して、後からよく考えたり、暇ができたときに返せば良いと思うからだ。しかし、このようなわりと急を要する”Group” Lineの場合、読んだらすぐに返すのが礼儀ではないか。ましてや1週間以内の予定を聞いているのだから、ここで未定という可能性はあまり考えられない。(なくもないが)そのような場合はしかし、保留とか、OOまでにわかるとか答えるべき話である。


ただでさえ忙しいこの学期末に、進んで幹事の役割を引き受けてくれたAさん。彼女に感謝するにはその問いかけに早く返信することが最低限の感謝の意思表示になると私は思う。だいたい私が所属するのは「国際コミュニケーション研究科」という名前の大学院である。仮にもコミュニケーションという名前を冠した大学院である。そこに院生として所属する者たちがこんなことで良いのだろうか。真のコミュニケーションとは、何も英語が話せることではないし、研究ができることではない。他者のことを思いやり、その中で自分の意思を示していくことだと私は思う。そんなことさえできない奴らが「国際コミュニケーション大学院生」を名乗る資格があるのか。 そんなことでは、いくら研究ができたって、学会で発表したって、人の発表や意見を批判できたって、必ず将来人間として大成することはできないと思う。コミュニケーションを取ろうとせず、ただ飲み会だけ参加しようという輩が多過ぎる。

更に、もう一つ、これはかなり意見のわかれるポイントかもしれないが、Group Lineの使いかたに関する問題である。

そもそものGroup Lineの目的とは、「グループ内で全員が情報を共有できるところ」にあると思っている。つまり、Group Lineで来た連絡や問いかけに関しては、Group Lineに返信するのが原則だと考える。特に、「いつが空いていますか?」などという連絡には、個別に返すのではなく、全体に返信すべきだろう。というのも、他の人が空いている日の傾向などを見て、素早く自分のスケジュールを調整できる可能性があるからだ。例えば、自分の中で10日(金)が微妙だとする。しかし、多くの人がその日を希望しているということがGroup Lineを通してわかれば、自分なりに調整して、多少無理をしてでもその日を空けることができるかもしれない。しかし一方で、仮にGroup Lineに対して問いかけた人(この場合は幹事)に対して多くの人が個別で返信してしまえば、結果として、いきなり予定日が提示され、こうした他者に合わせての微調整ができなくなってしまう。

私達の今回のケースの場合、どうやらこうした例が多くあったようだ。その人たちに問いたい。あなたたちは、Group Lineの目的を理解しているのか、また他の人たちのことを考えているのか。みなさんはどうお考えだろうか、Group Lineというコミュニケーションツールの目的を壊すようなこのような行為を、仮にもコミュニケーションを専攻としている者、それもいい大人の行う行為だと認めることができるだろうか。私は間違っていると思う。現にこうしたことが重なった結果、今回飲み会を行うことができなくなってしまったのだ。 何故、このようなことが起きたかの本質的理由解明は次回に譲るとする。



まあ、まとめると、このような事態は、通常の面と向かったコミュニケーションでは起こらないということだ。また、従来のグループメールなどでも起こりにくいと思う。LINEという特殊なコミュニケーションツールがその背後に絡んでいるということは間違いない。オンライン上のコミュニケーションでは、人間と話をしているというリアリティが欠如しがちである。それと同時に、相手を思いやる心も消えてしまっているように思える。こうしたコミュニケーションツールが主役になってしまっている以上、これを廃止すべきだなんていう極論は聞き入れられないだろう。問題は、便利さと人間本来の他者を思いやる気持ちをいかに両立させていくかである。国際コミュニケーション研究科の同期には、良識あるLINE使用をお願いしたい。