明日からシェルボーイは寮の友人達とベトナムのハノイに旅行に行ってきます。
え、インドのことを終わらせてから行け?
そうですね、ベトナムへ行く前に一つインドの区切りをつけたいと思います。
最終日、デリーではジャイカを訪問し、おみやげを買いました。
今でもその情景が目に思い浮かびます。
デリー観光はテロの影響で中止になった。
午前中ゆっくりとホテルで過ごした後は、マックでインド版ビッグマックをおいしくいただいた。
ここからジャイカに向かうことになる。
ジャイカに行くかどうかはかねてから議論があったのだ。
最初私はジャイカに行くことに反対であった。
それは、予定がほぼ勉強系のイベントで埋まっており、そこにさらに勉強系のイベントを入れると厳しくなるかもしれないと思ったのだ。で
も、同じ教育班のゆりちゃんが行きたいと言っていて私は彼女にはいろいろと助けられたのでここで反対していけなくしてしまうのはリーダーとして信用を裏切ることに成りかねないと思って急遽反対から賛成に翻ってみんなを混乱させてしまったので反省している。
しかし、これでよかったのではないかと着てみて思った。
それは、何もしないと疲れるということだ。
また、もう一つ見落としてはならないのは、使用言語の問題だ。
どういうことかというと、それまでずっと英語を使ってインタビューなどを行ってきて正直全てのメンバーが理解してきたとは言いがたい。
だから、英語力が十分でないメンバーは相当ストレスが溜まっていたのではないか。
相手の言うことが理解できないということはどんなコミュニケーションにおいてもストレスになることは確実なのだ。
だからジャイカで日本人の頭のいい人の日本語を行くことでイッキにストレスが解消されるのだ。
これは彼らの心のモヤモヤを解消させるのに役立つと思われる。
実際にジャイカのスタッフの話を聞いている時はどの顔も真剣だった。
私は少し寝てしまったが、他の人はメモを取りながら聞いていた。
ジャイカのスタッフの説明は確かに分かりやすかった。
パワーポイントは丁寧に整理されていてスピーチを補うのには十分だった。
二人いたのだが、年配の方のほうが熱が入って、契約社員の待遇の悪さやジャイカの体質のわるいところ(規模の大きいプロジェクト=重要なプロジェクトと考えて、他の草の根プロジェクトがおろそかにされる)をお話してくれて、組織の悪いところを垣間見ることができたので貴重な体験であった。
でも、なんか正式な職員のほうは、はっきり言って女性として好きになれなかった。
なんかエリート意識丸出しで、質問しても政治家がするような平凡で差しさわりのない答えしか返ってこない。
ビッチめ。
結局1時間程度の予定であったがいろいろと追加の質問が出てきて4時くらいに外に出ることが出来た。
さあ、ここからいよいよ女子お待ちかねのショッピングタイムの開始だ!
私はインドでショッピングと聞いて、ハーンハリーリのようにカオスなショッピングプレイスを期待していたのだがそこに待っていたのは完全な「お土産パーク」だった。
まず、そこに入るには20ルピーの入場券を買って手荷物チェックを受けなければならない。
そして、売っている店もなにか規格化された正統派のおみやげ店といった漢字で怪しい雰囲気や危険なかおりも漂ってこない。
あまり超えもかけられないし値段交渉しているのも見かけない。
くそお、めぐぽんめ、よくも俺をこんなところに連れてきたなあああ!今日はおしおきだぞおと思ったが、「安心してお土産を選べるいい場所ですね、ありがとうございます。」とここでも優等生ぶった。
私はサークルの人々にお土産を纏め買いするためにある店でガネーシャの置物を30個大量買いした。
最初1個50ルピーと言っていたが35までまけさせた。
やはり交渉のコツはまず提示してきた値段よりずっと安い値段を言って強気で言い張る。
そして相手が下げた価格を提示したら少し難色を示してみる。
そして更なる値下げを要求して下げても満足せずに、立ち去るフリをする。
するとさらに下がるのだ。
つまり3段階攻撃。
これが基本だと思っている、最低これはやらなければならない。
だから今回は30コの金色ガネーシャと自分用の中ガネーシャを1200ルピー(約2000円)で買うことができ、一人当たり100円以下のお土産という目標も達成することができた。
私はここのおみやげゾーンで最初はある男女2人と行動していたのだが
途中から撒かれてしまった。
まさかとは思ったが、あまり2人の時間を邪魔しちゃいけないと思って結局そのあとは一人さびしく行動していた。
あの恨みはいつか晴らす。 (というかもう晴らした)
さて、インド旅行もいよいよ終盤の終盤にさしかかった。
ここからゲストハウスに戻って支度して飛行機に乗ればこの旅は終わりである。
しかし、私はいつもこう思うことにしている。
例えば10泊11日の旅行で7日目まで終わってしまったら、「よし、これから3泊4日の旅が始まるんだ」と自分に言い聞かせ次の日のスケジュールや訪れる場所などをもう一度自分なりに理解しようとする。
そうすることで1日1日を頑張ることができるのだ。
日々のリセット。
今回もそれを実践した。
デリーへ着いたら新しいたびが待っている。
全く違った都市文化に刺激を受けることができるものだと予想した。
この作戦は非常に有用だと思う。
人生にしても、学生生活を連綿とした4年間として捉えるのではなく時間で区切って、それぞれのテーマを意識して生きるほうがよい。
今の自分ならば「学生生活の集大成の半年間」と言ったかんじで今の自分がすべきこと、今の自分ができることを全力で頑張るのだ。
そうだ。
だからここから日本に到着するところまでにしても、終わりのほうだからといって惰性で生きるのではなく、その時々の旬のテーマを持って生きるのだ。
例えば宿から空港までの間の移動にしよう。
そこで俺は後ろの席に東君とあらけんと一緒になった。
東君が一緒だと基本いろんな話題に笑ってくれるのでまず就職活動やインドの話をしてその時間を楽しもうという目標を自分に課すのだ。
目標があるとただいたずらに外を見るとかではなくて、方向を定めた話ができるようになる。
現に車は大いに盛り上がって私はいい気分になることができた。
そして、飛行機。
中ではやることが山積みだ。
寝ること、映画、旅行記、隣の人との会話で親睦を深めること。
ざっと考えただけでもこれくらいはある。
だからそれぞれの行動に集中するのだ。
これが「区切り」の論理だと思う。
まあ論理の話は置いといてショッピングの後、Nブロックのマーケットにて再びショッピングをした。
このエリアは高級住宅地なだけあって、打っている商品も欧米に見劣りしない高級品が中心だった。
ここで祖父母への土産を買った。
宿に戻るとうれしいサービスが待っていた。
それはシャワーだ。
なんと一泊分の料金しか払っていないにも関わらず、荷物も置かせてもらえたし、シャワーも浴びさせてもらえた。
やはり日本人が経営する宿ならではの心遣いだ。
これには頭が下がると同時に心身ともに快適になった。
やはり長距離フライトの飛行機には準備万端で乗り込みたいものだ。
もしこれがなかったら、デリー一日分の汗と悪臭を抱えたまま飛行機に乗らなければ成らないという航空史上考えうる最悪の事態になっていただろう。
インド旅行記はこれで終了です。
今まで読んでくださって本当にありがとうございました。
次は 「北海道、ゼミ合宿 ~北の大地での3日間~」 を順次掲載します。