http://www.youtube.com/watch?v=jMddBhgvD6Y&feature=youtube_gdata_player







初めての投稿は映画、初恋。
1968年に起きた三億円事件を宮崎あおい主演で映画化したものだ。


この映画は三億円事件という実際に起こった事件を扱っているが、その内容は史実ではなく創作。だって三億円事件は未解決なんだもん。

しかし、三億円事件について「むかし三億円が盗られた事件」というレベルの知識しかなかった私は、見終わった後にググるまでこの映画に描かれていることが事実なのだと信じてしまっていた。はは


さてその事実とは…

時は60年代。若者は全共闘だのなんだの、学生運動に没頭していた時代。

主人公の少女は親に捨てられ、叔母の家庭に居候として暮らしていた。叔母の家庭でこれっぽっちの愛情も受けず、ひとりきりだった少女は兄がたむろするジャズバー「B」に入り浸るようになる。

そこに集まる若者たちもまた、権力を憎み学生運動に参加していた。彼らは薬をキメてみたり、不特定多数と関係をもったり…あまりよろしくない連中だ。

そのなかの一人、東大生の男に少女は恋をする。話すのが苦手な少女は、積極的にアプローチしたりはしない。男が読んでいる本を図書館で借りて読んじゃうような、うちむきな恋だ。

季節がめぐり、少女がグループに打ち解けてきた頃…グループの仲間たちが学生運動に参加していて大怪我をおってしまう。参加していなかった男は、少女に“頭を使って権力者を見返す”ために、東京芝浦電気の従業員ボーナス、三億円を積んだ車を奪う計画を持ちかける…

といったもの。


この映画は三億円事件を扱っているけれど、タイトルにあるように、そこで描かれているのは少女の恋心であり、心情だ。

もともとひとりぼっちだった少女。当然さみしさもあっただろうけど、叔母一家への反発心のせいか、強気に振舞っていた。

しかしBで仲間を見つけた少女。そして男から、共犯者として誘われた少女。グループの一員としていること、男から必要とされたことは、少女におおきな安心感を抱かせただろう。

とりわけ、男の存在はでかい。

なんで女の人って好きな男ができるとその人しか見えなくなるんだろう。なんで必要とされたくなって、尽くしたくなって、自分を犠牲にしてしまうんだろう。尽くしてもらって好きな男を犠牲にするのではなく。女の人が好きな男を必要とするのは、ただそばにいて欲しい時だけだ。そしてなんで、思いをすぐに断ち切れないんだろう。

まぁ女の人、というよりもこの少女と私かもしれないけれど。

ラスト、少女と男は引き裂かれてしまうのだが、その時の少女の無気力と荒廃した精神は、多くの女性の隠れた真実ではないだろうか。
心の傷に時効はないし、恋を失った刑は重い。
少女はBに行かず、男とも出会わず、ずっとひとりぼっちだったほうが楽だったのに、なんて思ってしまう。