本作は、第28回池袋演劇祭参加作品とのこと。
この手の芝居を観たのは多分2回目。前回はイギリスの劇団の、ミュージカルではない”オペラ座の怪人”。何年前かもう覚えていないほど以前の話。
本作はその名の通り、江戸川乱歩の小説が原作。
ただ山羊としては、ポーの小説はよく読み、よく覚えているんだけれど、乱歩の小説はいろんな形で(少年ものだったり、少年用に翻案されていたり)読んでいたせいか、これというエピソードが思い浮かばない。
”怪人20面相”や”明智小五郎”や”蜘蛛男”や”小林少年”といったキャラクターは覚えていても、彼らがどんな事件を引き起こし、あるいは解決したのか、まるっきり憶えていない。
ところが、われらディープな昭和生まれの人間には、”明智小五郎”、”江戸川乱歩”といえば、あるテレビドラマを思い出さずにはいられない。
そう、天知茂が明智小五郎を演じる”江戸川乱歩シリーズ”!
う〜ん、懐かしいなあ! と思い出す昭和ディープ族よ! みなさんはあのシリーズに、どんな印象をお持ちですか?
山羊が第一に思い出すのは、ものすごくチープだったなあ、という印象。子どもごころにも、そのセットがひどく安くさく感じられた。たぶん話の壮大さや描かれている世界のゴージャスさに、制作費が間に合わなかったんだろう、と山羊は思う。
でも出ている役者たちは主演の天知茂をはじめ、かの荒井注や、悪役として伊東四朗がゲスト出演する豪華なものだった。だから演技も素晴らしいものだったろう。
でもチープなんだなあ。演技とセットの落差も、そのチープさの原因だったかも。
それに、小説の世界を映像化しようとするとどうしても生じてしまう無茶。乱歩の世界を実写で表現しよう、しかも予算の限られたテレビドラマの枠組みの中で実現しようなんて、どだい無理。その無茶・無理がチープな印象に拍車をかけていたと思う。
まさに志は高いのに、そしてその高さ故に実現できない現実はチープなものになってしまう・・・確かに昭和って、そんな時代だったよね?
いろんな夢があり、朝まで語り合ったけど、それを実現するための金も力も無かりけり。
そしてこのテレビシリーズで忘れてはいけないのは、その猥雑さ。毎回必ず何らかの形で女性の裸体が現れる、ということ。この猥雑さ、女性の裸体で視聴者を惹き付けようという安易さ、チープさも、昭和だなあ。そのことは、かの昭和のヒット作品、”時間ですよ!”を思い出すだけで納得してもらえると思う。(勿論、”時間ですよ!”は、内容的にも素晴らしいものだったけど、あの女湯が映るシーンを楽しみにしていた老若男は多かったはず。自分は違ったよ、なんて言わせないぞ!)
今回の”回路R”の芝居について、”演劇祭”的にどうなのか、山羊には評価出来るだけの知識はないけど、昭和のチープさ、猥雑さ、慌しさを堪能できる舞台だったのは確か。そういう意味で楽しめたし、面白かった!
だぶん(原作の内容がわからないので”たぶん”としか言いようがないんだけど)森本勝海さんの脚本が、複雑な物語や人間関係をとてもわかりやすく、尚且つ原作や昭和のテイストを失うことなく見事にまとめられているお陰なんだと思う。
更に、舞台の奥に小さなもう一つのステージと、4つの椅子の代わりにも使われる縦長の箱だけのセット! これですべてが表現されるという演劇ならではの醍醐味を楽しめる演出! 江戸川乱歩の世界を、たったこれだけの仕掛けで表現しようという大胆さ! 案外お金の掛かった演劇しか見たことのない(?)山羊には、新鮮な驚きでした!
(山羊の大好きな貧乏劇団(杉本さん、ごめんなさい!)『男魂』(メン・ソール)のセットだって、もっと金が掛かってるぞ!)
てなわけで、普段考えもせず、思い出しもしなかったことを考えさせ、思い出させ、感じさせるということも、演劇を含む表現活動の価値だと山羊は思う。
そういう意味で、山羊にとって、”劇団R”
の『悪魔の紋章』は、とても楽しめるものでした。
山羊にとっては、次回公演が楽しみな劇団です。