Sheila's hys-eigo

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生まれは日本。国籍も日本人。

 

「しのぶ」という超ジャパニーズな名前をつけられるが、
生後5ヶ月で渡米。

 

「しのぶ」はアメリカ人には発音しにくいのではないかと
心配した父が "Sheila" というニックネームをつけてくれた。
戸籍にもない名前ではあるが、
アメリカ生活ではずっとこの名前で育った。
両親からもずっとこう呼ばれていた。

 

両親に "Sheila" なんて呼ばれていたと聞くと
家でも英語!?なんて思われるかもしれないが、
とても「日本人らしく」育てられた。

 

「あなたは日本人。いずれ日本に帰るのだから。」

 

日本語はしっかり身につけさせられ、
アメリカでは小学生でもするお化粧は禁止。
ピアスも空けさせてくれなかった。

 

学校は現地校なので家以外ではずっと英語。
家に帰ってきたら絶対に日本語。
そのためか日本語も英語も苦労なく自然に身についた。

 

中学校に入って数ヶ月後、日本へ帰国することになる。
私にとっては初めての日本。
その当時ビデオで見た「うちの子にかぎって」というドラマから
日本の小学校生活を想像し、緊張と不安でいっぱいなまま
涙の帰国。

 

でもいざ帰国してみたら、泣いていたのが嘘のよう。
あっという間に日本の生活に慣れ、友達もたくさんでき、
ジャパンライフを全力で楽しむ。
そして英語に触れる機会がほとんどなくなる。

 

中学校を卒業し、やっと高校に受かった直後、
再びアメリカへ引っ越すことに。
日本語生活にどっぷりだったため、
今度はアメリカ生活へ不安を感じる。
そしてアメリカに着くとやはり英語が出てこない。
5年間のブランクは大きかった。
しかし、しばらくするとスラスラと自然と英語が溢れ出てきた。
何年も自転車に乗らなかった時の感覚と一緒だった。

 

アメリカの高校生活はすごく楽しかった。
と、同時に自分が日本人であることを強く実感。
人種が多様な地域だったため、自分のアイデンティティが分かった。

 

子供の頃から両親に「いずれ日本に帰る」と言われた通り
自分の将来は日本以外では考えられなくなる。
アメリカから日本の大学を受験し、高校を卒業後一人で日本に帰国。

 

大学を無事卒業し、
日本企業に就職し、
結婚をし、
出産をした。


私は日本人でよかった。
でもアメリカに住んでいてよかった。
英語ができることによって見れないものをたくさん見れた。
視野も広がった気がする。

 

娘にも同じくらい英語が話せるようになってほしい。
少しシャイな性格の我娘にはせめて発音だけでも身につけさせたい。

発音さえ身につけば自信につながり、あとは勉強でどうにでもなるから。
そう思い、赤ちゃんの頃から発音を教え始めた。
大きくなった娘はなかなかいい発音ができるようになっている。

 

娘がこれだけできるようになっているのだから、
小さいうちから始めれば誰だって英語はできるようになるはず!
そう思って英語を教え始めた。

 

英語と日本語をネイティブに身につけて育ってきた。
子供を育てているので子供の気持ちも分かる。

 

英語を習うなら

見た目がネイティブの先生が確実、とか
教材がしっかりしているところがいい、とか
会社として信頼できる、とか。

 

そう思う親が多い今の日本だけど、

 

ただただ、英語を思うがまま話せる子供が
一人でも多く増えてほしいと心から願う。

 

そして自分の力でそんな子供を増やしていきたい、

と本気で思っている。