久しぶりにブログを更新します。中国(特に上海及び近郊)を書くブログ
ですが、先日帰国したときに行った上野東照宮を紹介したいと思います。
上野東照宮は、日光東照宮と比べて修理などはされておらず野放しの
状態でした。しかし、ここ数年、ようやく修理が入りきれいになりました。
入口にある鳥居、関東大震災でもビクともしなかったという。。。
鳥居の後ろの第一の門。しかしこれは本来、水屋。第一の門
は第二次世界大戦で焼失してしまい、水屋を代わりに使用。
本物の第一の門は東照宮のような、豪華な楼門だと推測
されますが、一日も早い再建が望まれるばかりです。
境内全体が見えてきました。右が現在の水屋です。
目を凝らせばわかると思いますが、壁の上には彫刻が
はめられているのに、下にはありません。戦後米兵に持
って行かれてしまったとか。。。韓国のように日本政府も
返還運動を活発化してほしいと思います。
拝殿。全国の東照宮のほとんどが、拝殿幣殿本殿が一緒
になった権現造り
以前はここから中に入れましたが、現在は入れなくなっています。
飾り金具も立派です。この飾り金具という装飾は日本独自のもの。
本殿です。金ぴかだけなんで、なにか絵などを描いてほしい
見事な鳳凰の彫刻、鳳凰は将軍の象徴
飾り金具の付いた幹の重なりが見事
組み物も見事だが、色バランスもGOOD
太鼓に金鶏の彫刻。名古屋城将軍着座の間にもこの彫刻がありました。
見学を終えて外を出ると、無数の灯篭が。。。
上野東照宮所属のものだが、明治維新の神仏分離により、
寛永寺に所属。寛永寺は将軍の菩提寺だったが、第二次
大戦で焼失。もし残っていれば、間違いなく、もう一つの菩
提寺増上寺(これも第二次大戦で焼失)と一緒に、世界遺
産になっているでしょう。
以上、上野東照宮でした。上野東照宮は実はいままで外国の文化財
一辺倒だったわたしに、日本に目を向けさせてくれた、きっかけの一つで
した。なぜなら、第二次大戦による焼失と盗難、めちゃくちゃな保存体制
といった、日本文化財の被害者の代表者だと感じました。同じ重文にも
かかわらず、日光東照宮と比べて、なぜ、ここまで違うのかと憤りを感じ
たのを覚えています。日本の文化財をもっと大切にしたいですね。

















