久々に一日二件投稿しますね。
今から書くことは本当に独り言です。
最近学力テストが実施されたらしくて
よくニュースで「保護者の裕福かどうか次第で子どもの学力が決まる」と言っていますね。
これにはメディアらしいなーと思います。
私には保護者の裕福かどうかなんて二の次で、全ては本人のやる気次第だとここ16年生きて思います。
尤も、私は一応“エリート”と呼ばれるよう学力は育てられましたから、勉強も多分人一倍はさせてこられました。
そしてその世界を見てきて、挫折する人も沢山見てきて、の話です。
それ以前に「学力が全て」のように言い振る舞うどうかと思いますがね。
そりゃあ私たちが生きていないときに生きていた今の大人が作った社会に私たちは詰め込まれて暮らしていて
それが学歴社会と呼ばれるものであったのだけで
今生きる人がそう思ってるのかなーとも思いますけれど
勉強ができるから人もいい、なんていう都合のいい人は滅多にいなくて、
勉強ができるからいいところへ就職できる、という方程式は成り立っても
勉強ができるから自分が好きなところへ就職できる、という方程式は必ずしも成り立たないような気がするんですよね。
進学校と呼ばれるところへ行ったからと言って、別段なりたいものがない私を見て。
しかも私の頭に残るフリップボードは都会と田舎を比べたもの。
私の住むところは田舎で、皆賢いとは言えなかったですが、少なくとも皆いい人ばかりでしたよ。
まあ、都会の人というを知らないから対象はニュースに出てくる給食費を払わない親だとかいい加減な子とかになりますがね。
でもそんな人一人もいませんでした。
今の私の母校でも、そんな人いません。
私は腹が立っているんでしょうかね。
田舎が貶されたようで。
でも私にとっては田舎は最高の場所です。
でも私はきっと、将来子どもがいるならばその子には学校には行かせたくないんでしょう。
勉学は家でできるし、こんな社会には連れ出したくないんですよね。
でもこれが現実。私の二の舞にはなってほしくないですが、なるしかないんでしょうね。
それか、海外へ行くか・・・。
あともう一つ。
この前「私は小学校の前に住む子が羨ましかった」と書かれたものを読んだのです。
私は正直、小学校の目の前に住んでいますが逆に遠かったほうが良かったです。
私は帰りや行きに友達と楽しく話して学校へ行きたかったです。
小学二年から週六回習い事へ行っていては遊ぶ時間なんてありませんでしたからね。
でも楽しかったですよ、そのときは。
私が一番幸せだったとき・・・・かな。
幸せなんて、定義できない。
ただ本人がそう思えばいいんだね。