人はそれぞれ、自分を守ったり、ときには着飾ったりするものを持っているはず。私にとって、自分を守る壁は、論理である。どうして、論理が壁となったのかは、長くなるので割愛する。
しかし、この壁は、私を守ったりしてくれる大切なものだが、ときには相手を傷つけてしまう場合がある。論破して、相手を完膚なきまで追い詰めてしまう。それが一般常識的に正しく、正すことであればいいのだが、(一般常識というのも本来的には、おかしい表現ではある。)
その相手が一生懸命にやった結果や信念をもって、取り組んでいる場合もある。この場合は、論理など、本来的には必要ないはずである。
私は、柔軟でかつ強い人間でありたい。