先日、祝日で全く意味が分からない建国記念日がありました。この建国は、初代天皇である神武天皇が即位した日とされている。完全に神話の世界であり、実在したのかも分からない。しかも、古代なのに137歳とも127歳とも言われており、あまりにも現実的でない話である。
これらの由来は古事記や日本書記などである。つまり、資料等で読み解いていく歴史学の上に成り立っている。しかし、形ということは、色々と書き加えられていくものであるから、概して歴史は、その時代の権力者によって作られたものであることが通説である。
大化改新によって滅ぼされた蘇我氏は、悪者とされているが、他国の資料や考古学的には天皇を奉り、日本を他国の侵略から守るべく中心となり、活躍していたことがほぼ立証されつつある。つまり、大化改新は、中大兄皇子のちの天智天皇と藤原鎌足の単なるクーデターであったのでないかと言われている。
というように、古代においては事実と歴史には大きな違いがあるものである。面白いところでは、伊勢神宮に祀られている天照大御神は、大和朝廷(天皇一族)に滅ぼされた邪馬台国の卑弥呼だという説もある。いわゆる呪いや祟りを怖れ、神として祀られたという説である。菅原道真が大宰府天満宮に祀られたのと同じ感じである。
資料等で読み解いていく歴史学もそう考えていくととても面白い。
しかし、私は遺跡や遺物から、読み解いていく考古学の方が好きである。同じように想像し、論理的に考えていくには変わりないが、どちらかと言えば、批判的に読み解いていく歴史学とは異なり、考古学は直接読み解いていくものであり、想像が広がっていく。土器ひとつとっても、誰がどんな気持ちで、だれがどんな風に使っていたのかは、そのものしか分からない。つまり、想像の世界であり、無限である。

私は、何ものにもじゃまされることなく、自由に生きていきたい。