帰路、満開の梅を見ました。

凛とした美しさを纏った薄いピンク色の花。


その静かな香は時を遡るようで、遠い遠い過去からの声が聞こえるようで。


涙が溢れてきました。



梅の香は私の記憶を呼び起こします。


輝き、煌き、香、ひんやりとした空気、決意、深く記憶の底に刻まれた皆の顔…

溢れる音、音、音…



必死にこらえた涙を呼び起こしてしまう香。


遠い遠い昔の。



もう10年以上、毎月、お参りに行っている神社さんがあります。

その神社さんの門前には古くからの小さなお菓子屋さんがあり、外から見える位置に椅子が置いてあって、そこにはいつもおじさんかおばさんが座っていました。お参りの後には時々、ラムネなんかを買っていたのですが、買い物をしない時でも店番をしている姿が見えて、私の中で、その光景は神社そのものに付随する一部として認識されていました。


おしゃべりなおばさんと物静かで上品なおじさん。

店から離れた自宅まで、大きな荷物を台車に積んで夫婦で押している姿も見かけたことがあり、台車を引くおじさんと後から押すおばさんは、どこか昔話のような姿でした。


先日、いつものようにお参りをすませてラムネを買いに店に入りました。

おばさんと少し話をしていて、最近は食事も作らないでコンビニで買ってきちゃうとおばさんが言い、その際に「お父さんがいた時はちゃんと作っていたけれど」と言ったので、あのおじさんが昨年末に亡くなったことを知ったのでした。


いつの間にか馴染みになっていた人達。

あのおじさんが、丁寧にラムネを白い紙の袋に1つずつ入れてくれていた姿が思い出されました。言葉はほとんど交したことがなかったのに、そのおじさんの物静かな物腰は私にはすでに馴染みのものだったのです。私はとても泣きたいような気持ちになりました。


何百年も鎮座しているお社。その門前の小さなお菓子屋さん。わかりきっていることだけれど、いつもいつまでもずっとあるような錯覚を無意識のうちに私はしていて、そこに安心感のようなものを感じていたらしいです。

思いの他、寂しいできごとでした。