2015年2月のこと。仕事の合間に忘れ物を取りに戻ったら、弟犬の具合が悪そうで熱があった。直ぐに病院へ向かった。
いつも通りのお散歩スタイルでスリングに入れられた弟犬は、ご機嫌に鼻歌を歌っていた。
だから動物病院の待合室で、レントゲンを撮りに行った弟犬を待っていた時、「急変です!」と言われて、頭が真っ白になった。
呼び戻された診察室には、心電図の線に繋がれた弟犬がキョトンとした表情でいた。私を見つけた弟犬は、いつもと同じくニコニコと口角をあげ、可愛い瞳をピカピカさせる。心停止し、救命措置を経て蘇生したと聞かされても、信じられなかった。

弟犬がよろよろと立ち上がり、ふらふら歩き出した時、「ライン全部外して! 抱っこさせてあげて!」と、お局看護師が涙目で小さく叫んだのを見て、やっと、本当に逝ってしまうんだ……と思えた。
私の腕に倒れ込んで顔を埋めた弟犬はモソモソっと動いただけで、クンともキュンとも言わずに逝った。もともと心臓が悪く、心臓弁が切れての急変だろうと伝えられた。
長く重い時間だったのに、レシートの印字は16時17分で、ほんの20分間の出来事だった。体重二.四八キロの弟犬は、生後十一年九ヶ月と二十二日目に逝った。
突然を受け止めるのは難しかった。新しい仕事を始めて忙しい時だったから、注意深く見ていたら違ったはずだ、もっと早く病院へ連れていけば死ななかったはずだ、と自分を責めて悔やんだ。泣き暮らして三ヶ月経ったある夜、夢を見た。
「ママたん、ママたん、悲しまないで」
可愛らしい声に呼びかけられて見ると、弟犬がいた。
「最期は抱っこしてお別れしたいっていう、ママの願いをちゃんと叶えてあげたでしょ。いつまでも悲しまれるのは困るよ」
弟犬は想像よりもずっと大人びた口調で言った。
「ママは僕の面倒をみたと思っているけど、違うんだよ。僕がママの面倒をみてあげていたんだからね。ママが、やっと一人前になったから、僕の役目は終わったの。僕、色々大変だったんだから」
自慢気に言う弟犬に、ただただ驚くばかりだった。
娘が一人暮らしを始めた時、娘に捨てられたと思いこんだ弟犬は、心を閉ざして病んだ。触ると唸り、抱くと噛む。兄犬との決闘は絶えず新築の床を傷ものにし、何処にでもオシッコをする悪魔犬だった。

マッサージで距離を縮め、少しずつ抱っこさせて貰えるようになると、そのうち可愛くて仕方のない天使になった。食の細い弟犬のために講習を受け、毎日ささみと野菜を茹でた手作り御飯を作り、離乳食スプーンで一口ずつ食べさせた。手のかかる甘えん坊だった。

「僕の時間をママにあげたの。だからママがちゃんと使わなきゃダメなんだよ。わかった?」
そう言うと、夢の中の弟犬は突如舞い始めた金色の花吹雪の中に消えていった。
「白い犬はね、神様犬って言って、飼い主に学びを与える犬なんだよぉ」と言い残して……。
慌てて起きた私は、夢なのか、現実なのか、夢にしては現実的だとか考えて、頭の中が混乱していた。
インターネットで調べたけれど神様犬なんて記述はどこにもなくて、里見八犬伝の犬が白かったってことくらいしか見つからなかった。
でも、僕がお世話していたんだといわれたことに納得できたし、確かに学びを与えられたと感謝できた。
「そうか……ママのお世話は大変だったんだね。ご苦労さま、ありがとう」
それで心にケリがついた。笑えるようになった。
命は儚い、何物にも代え難い。だから後悔しないように生きろ、と弟犬が教えてくれた。至極当たり前のことなんだけど、体感と想像は大きく違った。
今、保護犬である妹犬の脳腫瘍と膀胱癌に向き合えているのは、弟犬のお陰だ。疲れてうんざりすることもあるし、睡眠不足でもう無理と思う時もあるけれど、人は楽しい記憶より負の記憶を心に留めるから、未来の自分を痛めつけない為に頑張る。
突然の喪失感、何も出来なかった無力感、胸にぽっかり空いた空洞、ザラザラした後悔。それを繰り返したくないから、悔いのないように、丁寧に、妹犬の世話をする。要するに自己中なのだけれど、互いが得をする自己中なら、いいんじゃないかと思う。
明日も生き続けるという思い込みのせいで、人は悪口や意地悪を言うし、逆に我慢もする。でも、必ず死ぬ。それは平等だ。
今日を後悔しないための尊い一日にして、積み重ねていこうと思う。
アラカンおばちゃんの独り言にお付き合い頂きまして、ありがとうございます。感謝!!