B社の「共同経営型シェアードサービス」がスタートして軌道に乗った大きな要因はO社から派遣した人材の頑張りでした。スタート当初からB社の取締役としてベテランの甲さん、そして途中から経理担当の中堅社員の乙さんを派遣しました。



このうち、取締役(途中から常務取締役)として派遣した甲さんは、O社のシェアードサービスを中心になって牽引してきた人でした。日本でのシェアードサービスの先駆的な人で生き字引というべき人でした。また本当に熱心で情熱的な人でした。しかし、当初はO社からB社に一人で乗り込む形になったわけですから、B社からは黒船の来航のように受け取られたようです。その意味で本人の苦労は並大抵ではなかったように思います。それでも持ち前の熱心さ・情熱で徐々にB社とその社員に受け入れられシェアードサービスの精神やノウハウがB社の中に浸透していきました。


甲さんの姿勢は、B社の社員一人一人に対する意識改革の徹底でした。意識改革の一つは、B社の親会社で、従来は同じグループで部門が違うだけであったA社に対する顧客意識を徹底させることでした。顧客として考えさせるのは本当に大変な事だったと思います。もう一つの意識改革は、事業部門としては当然なこととして原価を意識させることでした。具体的には一人一人に業務メニュー単位に原価意識を徹底することでした。双方の意識改革とも当たり前のことですが、百八十度の意識改革の展開は本当に大変なことでした。しかしその徹底の仕方は実に丁寧に一人一人との対話によって行われました。甲さんの熱心さ・情熱・丁寧な対応で、考え方が理解され、時間の経過とともにO社を上回るくらいにシェアードサービスの考え方が浸透していったのです。



残念ながら甲さんは、B社に赴任してから4年くらい経ったことでしょうか。突然の病魔が襲い帰らぬ人になりました。まさにB社のシェアードサービスの展開に殉じたとも言うべきものでした。甲さんの告別式にはB社やA社からも多くの社員が参列しました。とりわけ、B社の多くの女性社員の涙は、その人望とともにB社に残した功績の大きさを改めて示すものでした。


また後になって派遣した乙さんも、保有している経理ノウハウと人柄からB社の社員にも受け入れられその役割を十分果たしてくれたのです。



前述しましたように「共同経営型シェアードサービス」の展開の中で重要な意識改革は人と人との良き触れ合いによって実を結ぶあることが再認識できたのです。