「私は誰か」と自らに問いかけた時、”真実の「私」”を知らないことに気付くのです。私は、誰なのか、どのような存在なのか、という疑問が生じるのです。この問いかけこそが、”真実の「私」”という身体の真奥に存在する真我を知る曙光となるのです。”真実の「私」”を知ることは、人として生まれた真の目的であると言えましょう。

真我とはどのような存在なのでしょうか。人は真我を知らないことを知ることもなく、人生という時を過ごす。
最後の時に、人生を振り返り思うことは、この世との関わりについてのみである。真理の探究はなされることなく無明のままその時を迎える。

世界が混乱の中にあるのは、人はこの相対的世界を真実であると思い込み、真理を知らないことにある。しかし、このことに気づく者はいない。

人として生まれた理由は、私は誰か?私はどのような存在か?そのことを知ることであり、この真理を探究し、真我実感認識に至ることなのである。真我実感認識によらなければ、”真実の「私」”を知ることはできないと言って良いでしょう。

更に申し上げれば、生きとし生ける全ての存在は「私」であり、創造物である顕現した世界の全てが、真・善・美として現れているか、人以外の存在でこのことを認識できる存在はこの地球にいないのである。世界は創造通りであるか、これを識る為に、創造主が人として顕現したことを理解することでしょう。

本著”真実の「私」”(私とは誰か?)が、自らの真の姿に気付いていただく一助になれば幸いである。

筆者プロフィール
 忍田 裕昭
 1948.12.12生
 千葉県船橋市在住